42:両思いになりました!

 チュンチュンと小鳥の鳴く声が聞こえる。
 とても牧歌的です。清々しい朝をありがとうございます。
 ですが、目を開けた私に用意されていた現実は、とても清々しさとはほど遠いものでした。
 いや、ある意味では清々しいのか? 賢者タイム的な意味で。

 目の前には厚い胸板。もちろん裸。
 適度に焼けた肌色が眩しいです。男くさくて最高です。
 自分を見下ろしてみると、やっぱり何も着ていない。ですよねー。
 ちゃんと覚えていますよ、昨日このベッドで何をしたのかとか。どれだけ気持ちよかったのかとか。隊長さんのエロさとか。
 ……最後のほうは、若干記憶が怪しいんだけどね。

 ちょっと身じろぎしただけで、身体に、というか主に下半身に違和感があった。
 足のつけ根に何かはさまっているかのような違和感と、ギシギシという痛み。完全に筋肉痛だね、これは。
 汗やらその他もろもろは拭きとってくれたのか、ベタつきは感じない。
 私はそんなことをした記憶はないから、後始末をしてくれたのは隊長さん以外にはいないだろう。
 知らないうちに肌をさわられていたなんて、なんだか恥ずかしいな。
 もっとすごいことを、これでもかってくらいいたしちゃったわけなんだけどね。それとは話が別なのさ。

 今、何時だろう?
 今日は私は週に一度のお休みの日だ。
 お休みがこんなにうれしい日もないね。今日一日ちゃんと身体を休めよう。
 でも、隊長さんには基本的に休みらしい休みはない。
 正確にはあるらしいんだけど、休みの日でも私室で仕事をしていたりするから意味がないんだって、小隊長さんがこぼしていた。
 今日もお仕事があるはずの隊長さんが寝ているってことは、まだ早い時間なのかな。
 とりあえず時計を見ようと顔を上げると。

「うきゃっ」

 バチッと音がしたんじゃないかってくらい、しっかりと隊長さんと目が合った。
 起きてらっしゃったんですね……。
 それならそうと言ってください。思わず変な声が出ちゃったじゃないですか。
 しかも眠気なんてまったくなさそうな様子からすると、私が起きるよりも前から起きていたっぽい。
 寝顔、見られた……あ、それは今さらか。

「お……おはようございます、隊長さん」

 とりあえず私は朝の挨拶をした。
 わぁ〜、声が枯れてる。それもそうだよね、めちゃくちゃ喘がされたもん。
 うう、なんだか気恥ずかしい。
 直に伝わってくるぬくもりが心地よくて、そう感じる自分がむずがゆくてしょうがない。
 最初に食べられちゃった次の日の朝とは、何もかもが違う。
 思いが通じあって、心も体も重ねて、初めての朝なんだ。
 やばい。たぶん今、私の顔は真っ赤になってる。

「めずらしいな」
「な、何がですか?」

 軽く目を見張る隊長さんに、私は尋ねてみる。

「お前でも照れることがあるのか」

 意外だと言わんばかりの口ぶりにカッチーンと来て、私は隊長さんから布団をぶんどった。
 隊長さんならたとえ一晩布団なしで寝たって風邪なんて引かないだろうしね!
 キングサイズだかクイーンサイズだか知らないけど、広いベッドだからそれなりに距離を取ることができた。

「そりゃ、照れもしますよ! 私のことなんだと思ってるんですか!」

 だって朝チュンだよ朝チュン! 夜明けのコーヒーだよ!?
 この状況で照れない女子がいるとでも!?

「つつしみのない奴だと」
「た、隊長さん、ひどい……」

 間違ってないかもしれないけど、というか間違ってはいないんだけど!
 それは両思いになった朝に言うことですか?
 場違いだと思うのは私だけ? ねえ、私だけ?
 ちょっとばかし桃色をしていた空気が全部吹っ飛んでいった気がするよ。

「名前で呼べと言っただろう」

 隊長さんはあいていた距離をつめて、私の頬に触れる。
 そのさわり方が優しいものだから、文句は口の中で消えていってしまった。
 名前で、ですか。
 たしかに言われましたね、昨夜。
 気が遠くなりそうなくらいの快楽におそわれながら聞いた記憶がある。
 どうやら情事の最中限定ということではないらしい。

「ぐ、グレイスさん?」

 ためしに名前で呼んでみる。……見事に声がひっくり返った。
 昨日はね、ほとんど正気じゃなかったから呼べたんだよ。
 ずっと隊長さんって呼んでいたのを、いきなり名前呼びってのはハードルが高い。

「や、やっぱり照れます……さんづけとかなんか新婚さんチックじゃないですか」

 私はもぞもぞと布団の中に顔をうずめた。
 なんなんだろう。この、再発生した桃色の空気。
 私ってこんなに乙女乙女しかったっけ?
 自分が自分じゃないみたいだ。

「それもいいな。嫁に来るか?」

 ふっ、と隊長さんがやわらかい笑みを見せた。
 それは妙に色気があって、声ははちみつをぶっかけたみたいに甘ったるくて。
 その表情と言葉に、私はブワッと鳥肌が立った気がした。

「ひいぃっ! どうしたんですか隊長さん! キャラが変わってますよ!」
「お前に感化されただけだ。たぶんな」
「隊長さんは隊長さんのままでいてください……!」

 私の知っている隊長さんは、そんなことを簡単に言える人じゃなかったよ!
 今さらキャラ変えとか、そんなまさか。
 むしろグレードアップしちゃったのか? 隊長さん・改? 新しくなって帰ってきた隊長さん?
 ああもう、こんな隊長さんに太刀打ちできる気がしない……。

「おい、名前」

 隊長さんは眉をひそめて注意してきた。
 あうあう、だからそんなすぐには無理ですって。

「えーと、がんばるので、少しずつ慣れていくということで」
「……まったく、仕方がないな」

 眉間のしわがなくなって、表情が和らぐ。
 優しいまなざしに胸がドキドキする。
 隊長さんと一緒にいたら、そのうち心臓が壊れちゃうんじゃないかな。
 あんまりドキドキさせないでくださいよ、隊長さん。

「隊長さんは照れたりしないんですね」

 なんだか悔しくて、私は唇を尖らせた。

「これしきのことではな」
「ラブレターのときは真っ赤になってたのに……」

 最初に送ったときに言ったとおりに、数日前から毎日、私はラブレターを書いて送っていた。
 一番最初のときほどじゃないけど、読むたびに隊長さんは照れていた。
 だからてっきり、隊長さんは照れ屋だと思っていたんだけど。
 この余裕しゃくしゃくっぷりを見ると、そういうわけでもないらしい。
 くそう、なんでだ。赤くなった隊長さんかわいいのに。

「いつもお前にしてやられていては困るからな」

 隊長さんは微笑んで、私の額に口づけを落とした。
 それだけでも私はドキッてしてしまう。
 やっぱり大人なんだね、隊長さん。
 きっと私よりも経験豊富なんだろうし。アッチのほうも。
 夜の主導権は奪えそうにない。そして夜じゃなくても、今みたいに競り負けたりする。
 こういうとき、十の歳の差を感じるよね。
 私にはない余裕が、隊長さんにはある。

「私、負けませんよ! 好きになったのは私のほうが先なんですから」

 先に惚れたほうの負け、なんて言うけど、その負けはある意味で勝ちだと私は思う。
 相手よりも先に相手の魅力に気づいて、相手よりも先に自分の気持ちに気づいたってことだからね。

「勝負ではないだろう。それに、それを言うなら俺のほうが先だ」
「え、いつからですか?」

 隊長さんの言葉に、私は反射的に問いかける。
 考えてみれば、隊長さんがいつから私のことが好きなのか、知らない。
 気になる。すごく気になる。

「……。そろそろ起きるか」
「あ、ごまかした!」

 俊敏な動きで起き上がった隊長さんに、私はむくれる。
 言いたくないってことなんだろうか。
 ずるい。言うなら最後まで言うべきだよ!

「サクラ」

 ベッドから下りた隊長さんが振り返る。
 静かな、でもはっきりとした呼び声に、私はビクッとしてしまった。
 昨夜抱かれながら、何度も何度も名前を呼ばれたから。
 触れてくる手の感触だとか、身体に灯った熱だとかが思い起こされて、どうしたらいいのかわからなくなる。

 ベッドの上に座り込んでいる私に、隊長さんは手を伸ばしてくる。
 無骨な指が、私の頬をなぞっていく。
 そのままあごを取られ、かすめるようなキス。
 見上げた先のダークブルーの瞳は、焦がされそうなほどの熱情を宿していた。

「もう放しはしないからな。覚悟しておけ」

 低く甘やかな声が、私の鼓膜を揺らす。
 向けられる想いにゾクリとした。
 怖いんじゃない。すごく、すごくうれしくて。
 一生、放してくれなければいいって、そう思った。

「望むところです!」

 私は挑戦的な笑みを浮かべて言った。
 私は隊長さんのことが好きで、隊長さんは私のことが好き。
 だから、覚悟なんてとっくにできてる。


 恋物語はここから始まるのです!



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