39:隊長さんの気持ちを知りました

 最初に感じたのは、自分を優しく包み込むぬくもりだった。
 やわらかくて気持ちいいものと、少しかたくてあたたかいものに囲まれている。
 ひなたぼっこをしているときのような心地よさだ。
 絹のおくるみに包まれた赤ちゃんって、こんな気分なのかな、なんてぼんやりと思った。
 目の前のかたいものに額を押しつけてみる。
 ぬくい……起きたくない……。

「サクラ?」

 頭の上から聞こえた低い声に、ぱちり、と私は反射的に目を開けた。
 見上げれば、そこには隊長さん。
 どうやらここは隊長さんの私室のベッドの上のようだ。
 名前、また呼んでくれた。
 うれしいな。考えてみれば、隊長さんが名前を呼んでくれたの、今日が初めてだよね。

「おはようございます、隊長さん」

 起きたばかりなのでそう挨拶したものの、今は朝ではなさそう。
 窓の外を見るとまだ日は出ているけど、日差しの色からして夕焼けが近い。
 隊長さんの部屋に押しかけてから、二時間程度ってところかな。

「……通じるのか?」
「はい、もう大丈夫です」

 隊長さんは少し驚いたような顔をした。
 気を失う前は言葉が通じなかったんだもんね。驚きもするよね。
 だから私は安心させるように笑顔を向けた。

「……よかった」

 はぁ、と隊長さんは安堵のため息をつく。
 たぶん、これからどうすればいいのかとか、考えてくれていたんだろうな。
 言葉が通じないっていうのは、大変なことだ。
 これ以上迷惑をかけることにならなくて、本当によかった。

「心配かけちゃいました?」
「あれだけ泣かれれば、心配もする」
「隊長さんは優しいですもんね」

 心配してくれたことがうれしくて、にこにこしてしまう。
 別に私じゃなくても、あんなことになったら隊長さんは心配するんだろうけどね。
 そんな隊長さんの優しいところが、私は好きなわけなんだし。

「気づいてると思いますけど、私の中の精霊の仕業でしたよ。隊長さんに会いたかったそうです」

 私は色々と端折って説明をした。
 詳しく話す必要も特にはないだろう。
 精霊の仕業、ということさえわかっていればいいはず。

「はた迷惑なものだな、精霊というのは」
「好き勝手してるだけですよ。それが迷惑と言えば迷惑かもですが」

 フォローしようとしたんだけど、微妙にフォローになっていない気がする。あれぇ?
 でもね、文句の一つくらいは言ってもいいと思うの。
 あんな恐怖、もう二度と味わいたくないよ。
 フルーの思いつきがあんな大きなことになっちゃうんだから、精霊っていうのは怖いよね。
 ちゃんとお願いしたし、これからはちゃんと働いてくれる、はず。

 それにしても、言葉が通じるっていうのはすごくうれしいことなんだね。
 こうして普通に話せていることが、どれだけありがたいことなのか、実感した。
 いわゆる怪我の功名ってやつかもしれない。
 ありがとう、フルー。だからこの調子でよろしく。

「ずっと、抱きしめていてくれたんですね」

 気持ちが落ち着いてくると、今度は今の状況が気になった。
 寝落ちるように意識を失ったときは、隊長さんの執務室にいた。
 たぶんというかほぼ間違いなく、この部屋まで運んでくれたのは隊長さんだろう。
 でも、この体勢はいったいなぜ?
 別に文句なんてなんにもないんだけどね。
 ぬくいし、相手は隊長さんだし、むしろごちそうさま、みたいな。

「……お前が放さなかったんだ」

 私の言葉に嫌そうな顔をした隊長さんは、すぐに私から離れようとした。
 だけど、結局それは叶わなかった。私の手が隊長さんの服を握っていたから。
 ほんとだ、隊長さんの言うとおりだね。

「あはは、それはすみません。寝てても欲求に忠実なんですね、私」

 いい加減に放せ、とばかりに睨んでくる隊長さんに笑いかける。
 放したら、距離を取られてしまう。
 もう少しこのままぬくもりに包まれていたかった。
 そんな私の気持ちに、気づいたのか気づいていないのか。
 隊長さんはあきらめたようにため息を一つついて、元の位置に戻った。

「お仕事、邪魔しちゃいましたよね。大丈夫でした?」

 私が執務室に行ったとき、隊長さんは仕事中だったはずだ。
 今こうして一緒に寝ているというのは、許されることなんだろうか。
 サボりですか、隊長さん。
 まあ私がサボらせたものかもしれませんが。

「かまわない。精霊の客人の保護は最優先事項だ」
「ずいぶんとお偉いさんなんですね、精霊の客人って」

 分不相応な扱いに、苦笑がもれる。
 なんの役にも立てなさそうなのにな、私。

「それに……」

 と、隊長さんは小さくつぶやく。
 言おうか言うまいか、迷っているようだった。
 先を促すように、私は隊長さんをじっと見つめる。
 それに観念したのか、隊長さんは口を開く。

「……お前を、一人にしたくなかった」

 どこまでも真摯な、だけど少しの甘さも含まれていた、その言葉。
 ぽかん、と私はマヌケ顔をさらしてしまった。
 隊長さんが優しい。
 いや、隊長さんはいつでも優しいけど、そうじゃなくて。
 なんだか、私のことが特別大事、みたいな。
 精霊の客人だからとか、最初の夜の負い目だとか、一切関係なく。
 まるで愛しい人を慈しむのは当然だとばかりに。
 そんなふうに、聞こえちゃったんですが。

「隊長さんってもしかして、けっこう私のこと好きだったりします?」

 うかつな私は、思ったままをぽろっとこぼしてしまった。
 言ってしまった言葉は元には戻らない。
 冗談です、とごまかそうとした私に、隊長さんは苦笑して答える。

「けっこう、ではすまないほどにな」

 その言葉の意味が理解できないほど、私は鈍くなかった。
 けっこうではすまない。つまり、それ以上に好きだということ。おそらく、特別な意味で。
 冗談でも誇張でもないことは、真剣な瞳を見ればわかった。
 無骨な手が、私の頬を包み込むように触れてくる。
 いたわるように、癒すように。
 熱を、伝えるように。

「……本気で?」
「気づいていなかったのか?」

 それこそ驚きだとばかりに隊長さんは目を見張った。
 ええ、まったくもって。
 身体には興味を持ってもらえているみたい、程度にしか思っていなかった。
 嫌われてはいないだろうし、どちらかと言えば好かれているほうだってことはわかっていたけど。
 まさかそんな、そういった意味での“好き”だなんて。

「両思いだったんですね」

 半ば呆然としながら私はそうつぶやいた。
 ビックリしすぎて、素直に喜ぶことができない。
 というよりも、実感がわいてこない。
 本当に? 本当に隊長さんは私のことが好きなの?
 でも、隊長さんが嘘をつかないことも、私は知っているんだ。

「お前が俺のことを好きになればな」

 苦々しい笑みに、私はムッとする。
 まだ、信じてくれないらしい。
 さすがに引っぱりすぎじゃないですかね。

「好きですよ、隊長さん」
「……いい加減、聞き飽きた」

 気持ちを伝えても、隊長さんははぐらかしてしまう。
 ……両思い、なんだよね?
 私はわざとらしくため息をつく。
 まったく、隊長さんは強情すぎるよ。

「もう決めました。信じてもらえるまで、いくらだって言います」

 私はそう宣言をして、ぎゅっと隊長さんに抱きつく。
 隊長さんは私を引っぺがそうとするけれど、意地でも放してやるもんか。
 想いを伝えるには、言葉だけじゃきっと足りない。
 行動でも、小隊長さんが言っていたように態度でも、示せたらいい。
 恥じらいっていうのは、やっぱり私には難しいんだけども。

「場所を考えろ。この場でおそわれても文句は言えないぞ」
「むしろおそってくれるなら話は早いんですが」

 誘惑されてくれるなら万々歳。どうぞ私をお食べください、なんてね。
 低くうなるような声が頭上から聞こえる。
 困ってる、困ってる。
 ごめんね、そう簡単にはあきらめてあげられないよ。
 何しろ私は本気なんだからね。

「隊長さんはどうしてそんなにかたくななんですか?」

 抱きついたまま、私は顔を上げて隊長さんと目を合わせる。
 私の問いかけに、隊長さんはぐっと眉をひそめた。
 本人も自覚はしているのかもしれない。

「私の言葉がそんなに信じられませんか? そんなに私は信用がないんですか?」
 
 小隊長さんの言っていた、私の態度が悪い、というのもたしかなんだとは思う。
 でも、隊長さんの口からちゃんと理由を聞いたことはなかった。

「出会いが出会いだ。それに……俺は、女に好かれるような男じゃない」

 出会いはもうとっくに過ぎ去っちゃってるし、今さらどうにもできない。
 女に好かれるような男じゃないっていうのは隊長さんの問題であって、私にはどうにもできない。
 どっちも、どうにもできないことなんですが、どうすれば。
 というか隊長さん、女に好かれないなんて、嘘だ!

「隊長さん、モテるくせに」
「外見や立場的にはな」

 ああ、そういうこと。
 つまり今まで隊長さんに寄ってきた女性は、外見に釣られてたり権力目的だったりって人たちばっかりだったのか。
 隊長さん、もしかして女運悪い……?

「私は全部好きですよ。隊長さんの見た目も、隊長としての責任をきちんと負っていることも。真面目なところも融通が効かないところも、優しいところも全部」

 隊長さんに微笑みを向けながら、私は言い募った。
 少しでも、気持ちが伝わってくれればいい。
 好きだ好きだって光線を浴びせかけるみたいに、じっと隊長さんの灰色の瞳を見つめる。
 隊長さんは気まずげに目をそらして、それから私の肩をつかんで離した。
 今度は私も抵抗しなかった。
 さすがにいつまでも横になっているわけにもいかないしね。

「そろそろ口説き落とされてくれませんかね」

 ベッドから下りようとする隊長さんの背中に、そう声をかけた。
 ピクリと肩が跳ねるのを、私は見逃さなかった。
 隊長さんはベッドの端に腰かけたまま、動かない。
 私はその広い背中をただ眺め続ける。

「……考えておく」

 小さな声だったけれど、たしかに聞こえた。
 日本人の善処します、と同じニュアンスなのかもしれないけど。
 それでも、誠実な隊長さんのことだから、考えるだけは考えてくれるはず。

「絶対ですよ!」

 私は念押しをした。
 何かわかりやすい答えをもらったわけじゃない。
 でも、確実に一歩は進むことができた。
 小さな一歩でも、大切な一歩だ。


 期待しちゃっても、いいかな?



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