37:臨時お悩み相談室を開いてもらいました

 隊長さんの私室からほど近い、小隊長さんの部屋。
 そこで私は即席恋愛相談室を開いた。
 否、正確には無理を言って開いてもらった。
 まあ、小隊長さんは「聞くだけ聞いてあげるよ」といった調子だったけど。
 それでも聞いてもらえるだけ僥倖と思いましょう。

「隊長さんが私の気持ちを信じてくれません」

 出してもらったお茶を、ドンッとテーブルに置きながら私は言った。よかった、お茶はこぼれなかった。
 小隊長さんは応接用のソファには座っていなくて、仕事をするための一人用の机に寄りかかっていた。
 正直なところ、距離が遠いから話しにくい。
 でも文句は言うまい。追い出されなかっただけ御の字だ。

「はいはい、ごちそうさま」

 小隊長さんは、私にはよくわからない書類をペラペラと読んでいる。
 話半分に聞いていることは見ればわかった。

「ごちそうさまなんて言うような話じゃないんですってば」
「うん、至極どーでもいい」

 本当の本当にどうでもよさそうに言われて、私はムッとする。

「相談に乗ってください」

 数メートルは離れている小隊長さんを睨むように見ながら私は言った。
 人に頼む態度じゃないかもしれないけど、私は切羽詰まっていた。
 私の本気具合を感じ取ったのか、小隊長さんは小さくため息をこぼした。

「たいちょー、ちゃんと手綱握っといてくださいよ」
「なんですかそれ、人を馬みたいに」

 私が反論すると、小隊長さんは人を小馬鹿にしたみたいにふっと笑った。

「上に乗るんだから馬みたいなものだよね」
「それでうまいこと言ったつもりですかっ……!」
「とか言いつつ笑ってるよね」

 うん、図星です。だってうまいなって思っちゃったんだもん。
 これが笑点なら座布団一枚差し上げたいところ。
 内容は下品なのに、小隊長さんが言うと許せちゃう。イケメンだからか、そうなのか。

「私、隊長さんのこと好きなつもりなんですよ。さわりたいしキスしたいし抱いてほしいし。そういうのは好きとは違うんですか?」

 少なくとも私の知っている恋愛感情としての“好き”っていうのは、そういうものだ。
 相手と仲良くなりたいとか、相手の幸せを願うだとか、そういうきれいな感情だけじゃない。
 その人が欲しい、その人を独り占めしたい。
 そういう、欲の絡んだ激しいもの。
 隊長さんが私に求めている感情は、それとは違うのかな。

 実は私は今まで一度も、告白というものをしたことがなかった。
 歴代の恋人は、みんなあっち側から告白してくれた。
 自分から好きになった人と付き合ったことが、私にはない。
 だからいけないんだろうか。
 告白するのに足りないものが、私にはあるんだろうか。

「うわー、ここまで言われてて我慢できるなんて、さすが隊長。並の忍耐力じゃないな」
「茶化さないでください」

 どこか感心したようにつぶやかれた小隊長さんの言葉に、私は口をとがらせる。
 不真面目さは小隊長さんの個性だと思っているけど、誰だって自分の話はちゃんと聞いてもらいたいものだ。

「オレから見たらイチャコラしてるようにしか見えないしね。ちょっとくらい茶化させてよ」

 小隊長さんはへらりと笑った。
 似合うよね、そういう表情。すごく軟派そう。
 イチャコラなんてしていないよ。そもそもあの隊長さん相手にイチャコラとか、無理があるよ。
 隊長さんにはイチャコラなんて甘ったるい言葉は似合わないと思う。いや、できるっていうならしてみたいけど。

「まあでも、愛人ちゃんも悪いとは思うよ。君には恥じらいってものが足りない」

 その言葉は私のほうに非があると言っているものだった。
 手に持っていた書類を机に置いて、小隊長さんはこっちに近づいてくる。
 やっと身を入れて相談に乗ってくれる気になったんだろうか。

「好きなものを好きって言って何が悪いんですか」

 少し考えてから、私はそう言った。
 開き直りにも近いかもしれない。
 でも、恥じらってばかりで何も行動しなかったら、好意は伝わらないと思うんだよね。

「そういうとこ、精霊に通じるものがあるから彼らに好まれるのかもね」

 私の向かい側に腰掛けながら、小隊長さんは苦笑した。
 正解です、小隊長さん。そんなことをオフィが言っていたね。

「あのね、言葉だけじゃダメなんだ。人間ってのは視覚的な情報が一番強い。隊長は君の態度を、君の表情を見て、君がどう思っているのかを判断してる」

 小隊長さんはできの悪い生徒を教え諭すように、ゆっくりと語った。

「その判断が間違ってる可能性だってあるじゃないですか」
「それはもちろん。でも、結局のところ一番信じられるのって自分の目じゃない?」

 たしかに、小隊長さんの言うとおりだ。
 元の世界では、見たことがなかったから幽霊なんて信じていなかった。いたら楽しいかもとかは思っていたけど。
 こっちの世界では、すぐにオフィに会ったから、精霊の存在を信じられた。
 私だって、判断基準は私に一任されている。
 自分の信じるもの、信じないもの。
 全部、私自身が決めているんだ。

 だったら、隊長さんが私を信じないのもわかる気がする。
 私、見るからに軽いしね。
 誤解して抱いたことを土下座した隊長さんに、イケメンだし気持ちよかったから気にしないで、とか言っちゃったしね。
 なおかつその夜に抱かないのか聞いちゃったり、もう抱かないと言われて「残念」なんてこぼしちゃったりもしたよね。
 どれも本心だったし、今さら取り消せるわけもないのはわかってるんだけど。
 もうちょっと言いようはなかったのかな、と思わなくもない。

 そんなことがあったのに惚れた腫れただなんて、信じられるわけがない。
 と、隊長さんが思っても仕方がないのかも。

「……どうしたら、好きって態度になるんでしょう」

 私はぽつりとそうこぼした。
 隊長さんの言いようだと、私が隊長さんのことを好きじゃないから抱かない、というふうに取れた。
 つまり隊長さんにとって問題なのは私の気持ち。
 それさえ信じてもらえれば抱いてくれるんじゃ、と私は思っている。
 まあ男の人は好きじゃなくても、嫌いな人じゃなければ抱けるらしいしね。
 私の身体には興味を持ってくれているみたいだしね。

 私は、隊長さんのことが好き。
 でも隊長さんはそれを信じてくれない。
 それは私の態度が悪いから。
 なら、好きだという態度を取ればいいってことなんだけど。
 好きだという態度って、どんなもの?

「言ったじゃん、君に足りないのは恥じらいだって。たとえば好きって言うときに頬を赤らめたり、目をうるませたり。抱いてほしいなんて恥じらいもなく言われたら、オレなら萎えるなぁ」
「恥じらい……よし、がんばります!」

 小隊長さんの意見に私は握りこぶしを作る。
 私に足りないもの、それは恥じらい。
 信じてもらうためには、恥じらいを持って隊長さんに接すればいい。
 間違っても、抱いてくださいなんてはっきり言っちゃいけないらしい。

「ありがとうございました、小隊長さん。すごく参考になりました!」

 私は立ち上がって、小隊長さんに頭を下げる。
 それから早足で小隊長さんの部屋から出て行った。
 せっかく相談に乗ってもらえたんだから、ちゃんと作戦を立てないと!

 そう思って、さっさと小隊長さんの部屋から去っていった私は、

「ありゃ、また間違った方向に突き進んでないかな、愛人ちゃん。ま、おもしろいからいっか」


 そんなことを小隊長さんが言っていたなんて、知りもしなかったのです。



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