11:小隊長さんが味方になりました

 色男は、ミルト・ヒュー・マラカイルと名乗った。
 第五師団隊長直属部隊小隊長、という立場なんだそうだ。
 要するに隊長の小間使い、または使いっ走りってことだね。と小隊長さんはわかりやすくまとめてくれた。
 この砦には第五師団の人が全員そろっているわけじゃないらしい。
 第五師団を四つに分けて、国の要所を守っているんだとか。
 だから、第五師団の副隊長さんも、別のところにいて。
 小隊長さんはその副隊長さんの代わりなんかも務めているらしい。

 とりあえず、それなりに偉い人なのはわかった。
 小隊長、だもんね。一兵卒とは違うよね。
 威厳とか全然ないし、やる気も全然感じ取れないし、正直こんなんで大丈夫なのかって心配になるけど。
 腕は確かだ。と隊長さんが言ったから、爪を隠しているだけなのかもしれない。

 補佐してくれる立ち位置にいる人で、今日みたいに隊長の私室まで来ることもある。何より女に飢えていない。
 というわけで、小隊長さんには機を見て私のことを話すつもりだったんだって。
 狼じゃないのかまではわからないけど、さっきのあれは冗談だったんだね。イケメンだもんね。
 服の手配も彼に任そうとしていたらしく、ついでとばかりに頼んでいた。
 隊長さんが女性物の服を用意するのは難しいよね、やっぱり。

「ま、隊長の判断は正しいと思うよ。オレなんかは相手に困ってないから大丈夫だけど、ほとんどの隊員はそうじゃないからなぁ」

 小隊長さんはあっけらかんと、私を部屋から出さないようにしたことについてそんなふうに言った。
 右も左も狼だらけなのか、ここは。
 もしかして、使用人の人たちが帰ってきたらそれで安心、っていうわけでもない?
 困るなぁ。私、ここ以外に行く場所ないみたいなのに。

 小隊長さんは容姿はかなり整ってるんだけど美形特有の壁を感じなくて、親しみやすいイケメンだ。
 認めるのは癪だけど、隊長さんよりもモテるだろう。
 私の好みでは隊長さんのほうが断然上だけどね!
 小隊長さんもひょろっとした日本人なんかと比べると引きしまった身体をしているけど、男くささはない。むしろどこか洗練されちゃっている。
 優雅、というのともちょっと違う。格好がついている、っていうのかな。
 相手に困っていないのも、さもありなんって感じだ。

「でも、君がいいって言うならオレだってお相手に立候補するよ? どう?」

 口の端を上げて、小隊長さんは典型的な悪い男って感じの笑顔を作る。
 きっと彼はこの顔で数多くの女性をたらし込んできたことだろう。
 信頼は欠片もないけど、実績を積み重ねてきたのがわかる表情と言葉選び。
 でもね、ミントグリーンの瞳にはまったくもって熱が見えないんだ。
 冗談で言っているのが丸わかり。
 もちろん、小隊長さんだってわざとわかりやすくおどけているんだろうけどね。
 だから私はネタに乗ってみることにした。

「そのお相手ってのは、夜のお相手って意味ですよね」
「あ、真昼間からいたすのがお好み? 大胆だなぁ」
「なんでそうなるんですかっ! 私はまぎれもなくドノーマルですってば!」
「じょーだんじょーだん。からかいたくなる反応のよさだよね」

 小隊長さんは私より一枚も二枚も上手だ。
 くそう、悔しいぞ。

「拒否します。からかうなら隊長さんのほうにしてください」
「そう言うんだったらからかうネタをくれないかなぁ」

 さっきぽろっとこぼしちゃった、私が握っている弱みとやらのことを言っているんだろう。
 それくらい自分で調べましょうね。
 まあ、調べてわかるようなことでもないんだけど。
 何しろ本人たちしか知らない一夜の過ちというやつだからね。

「放置プレイ中なので、却下です」
「放置してないよね。むしろ思いっきり話してるよね今」

 なんのことですかね。
 これは限定的な放置プレイというやつなのですよ。
 そんなものがあるのかは知りませんが。

「ところで隊長さん、なんでさっきから全然しゃべらないんですか?」

 私は隣の隊長さんに話を振ってみる。
 私たちは今、応接室でテーブルを囲んでいる。
 隣が隊長さんで、隊長さんの向かいが小隊長さん。
 小隊長さんよりも距離が近いのに、なぜかさっきから隊長さんは黙り込んでいた。

「……話に入る隙がない」

 隊長さんは眉間にしわを寄せて、そう言った。

「え、隙だらけですよ私。女の子はちょっと隙があるほうがモテるんですよ」
「それは関係ないんじゃないかな愛人ちゃん」

 きょとんとして反論すると、小隊長さんにつっこまれた。しかも勝手に愛称までつけられた。
 まだ愛人じゃないんですけど、私。
 ……まだ? いやまあ、隊長さんみたいないい男の愛人になら、なってもいいかなとか思っちゃったりするよね。

「なんですか。私がモテないとおっしゃりたいんですか。これでも告白された回数は十回以上ですよ」

 世の中は絶世の美女とかより、手が届きやすそうな愛嬌のある女の子のほうが告白されやすいようになっているんだ。
 なまじ顔がよすぎると、自分に自信のない男子は絶対に告白できないしね。見ているだけで満足、ってなっちゃうからね。
 愛嬌があるとか自分で言うなって? そこもご愛嬌ということで。

「自慢するような回数でもないように思えるんだけど」
「それこそが自慢ですよ!! これだからイケメンは!」

 小隊長さんにとっては十回なんて取るに足らない数なんだろう。
 もしかしたら、十歳になる前に到達しているかもしれない。
 ぐぬぬ、イケメンだからって調子に乗るなよ!
 本命に見向きもされない呪いをかけてやる!

「……かしましいな、お前らは」

 小隊長さんと睨み合っていたら、というか一方的に睨んでいたら、隊長さんにため息をつかれた。
 眉間のしわはさっきよりも深くなっている。
 そんなに眉をひそめてたら、しわがデフォルトになっちゃいますよ。
 年をとってから後悔しますよ、絶対。

「うわ、小隊長さんと一緒くたにされた。ショック」
「ショックを受けられたオレもショックなんだけどな」

 私がガピーンとしながらつぶやくと、小隊長さんは苦笑して肩をすくめる。
 知りませんよそんなこと。
 そもそも小隊長さんがネタを振ってくるからいけないんじゃないか。
 乗ったのは私だとかっていうツッコミは不可でお願いします。
 都合の悪いことは忘れるようにできてるんです、私の頭。

「こいつのことは誰にももらすな。噂もごまかしておけ。何かあったら力になってやってほしい。以上だ」

 隊長さんはそう話をむりやりにしめくくった。
 力になってやってほしいとか、うわ、隊長さんやっさし〜。

「しょーちしましたよ、隊長。よろしくね愛人ちゃん」

 小隊長さんは隊長さんに答えたあと、私に向けてウインクをしてきた。
 そんなのまで似合っちゃうものだから、つくづくイケメンってのは得な生き物だなぁって思った。


 ということで、小隊長さんが味方になったようです。



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