涙は、見たくないから

 調子が悪かった、というのは言い訳にもならないだろう。
 負けは、負けだ。
 同じ役目を負った、魂を得た刀剣との戦の真似事。
 演練で、国広らは初めて敗北した。

「ごっ、ごめ、ごめんなさい。大丈夫だと思ったの……ごめんなさい」

 先程から審神者はそればかりだ。
 峰打ちによってうっすらと青あざができた腕に触れながら、何度も何度も謝ってくる。
 何をそんなに謝ることがあるのか、どうして泣いているのか、国広にはわからない。
 刀は戦うためのものだ。強くなるためなら鍛錬は必要で、勝てなかったのは国広らの力不足だ。
 審神者が気にすることなど何一つないというのに。

「ごめんなさい、痛かったよね、ごめんなさい……」

 ただの演練だ。実際に傷を負ったわけではない。
 それでも審神者の涙は止まらない。
 泣き虫な審神者はいつもその大きな瞳から涙をこぼしてばかり。
 刀が傷つけば泣く。無事に戻ってきても泣く。
 泣くなと言ったところで聞きはしない。余計に謝られるだけだ。
 ただの刀であり、ただの武器である国広らが傷つくことに、審神者はことさらに敏感で。
 優しすぎる彼女は武器を使う立場には向いていないのではと、言えはしないが内心では思っていた。

「俺は刀だ。使えば傷つくのは当然だ」

 だから、何度も現実を教える。
 武器として使えと。それでいいのだと。
 ……これ以上、期待をさせるな、と。

「傷つくのは痛いでしょう? 痛いのは嫌でしょう?」

 なのに。
 当然のように、審神者は言うのだ。
 まるで人に対するように。
 黒水晶からこぼれ落ちる雫が透明で美しく見えるのは、きっと。
 きっと――。

「泣くな」

 審神者の頬を流れる涙を、国広はそっと拭う。
 汚れたこの手で触れていいのか、というためらいは、今は内に秘めて。

「……泣かないで、くれ」

 泣き止んでくれ、と願いながら、頬を撫ぜる。
 涙で濡れて冷たくなった頬に、少しでも熱が戻るように。
 その頬をうっすらと染め、ひだまりのような微笑みを見せてくれるように。

「国広は優しいのね」

 審神者は瞳を細めて、淡い笑みを浮かべる。
 国広の手に手を重ねて、頬をすり寄せてくる様子は、どこか甘えているようで。
 写しの身でも、少しでも彼女の支えとなれているのなら、無上の喜びなのだけれど。
 実際には、彼女を泣かせているのも国広なのだ。
 国広がもっと強ければ。もっと頼りになれば。きっと審神者は泣かずにすむ。傷つかずにすむ。
 優しいのは、彼女のほうだ。
 ただの刀である国広らの傷を、まるで己のもののように感じる。
 その繊細な心を、国広は守りたいと思う。

「……次は、勝つ」

 あんたのためなら、傷つくのは嫌ではないと。
 そう言えばきっとまた泣かせてしまうだろうから。
 ただ、その決意だけを国広は言葉にした。


 主を泣かせずにすむように。
 国広はより一層の強さを求めるしかないのだった。



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