あなたはとても、きれいよ

 国広はきれいね、と。
 これまで何度言われたことだろうか。
 そのたび国広は眉をひそめ、やめろ、と言うのに。
 彼女は一向にやめる気配はない。
 いい加減、我慢も限界だった。

「きれいとか、言うな」

 睨みつけるように審神者を見下ろし、国広は拒絶の言葉を吐き出す。
 外見を褒められるのは好きじゃない。
 むしろ、現実を突きつけられるようで、苦しかった。
 国広の言に、審神者はきょとんとした顔をして、首をかしげた。

「きれいだと思ったから、きれいって言っただけよ。いけないの?」
「……そういうの、やめてくれ」

 いけないも何もない。
 国広がその言葉を厭うていると、気づいていないわけはないだろうに、なぜ繰り返し言うのだろうか。
 嫌がらせだというのなら、まだ理解できる。
 けれど、彼女にそのつもりがないことは、ここで一番付き合いの長い国広には考えなくてもわかることだった。

「あなたが何を気にしているのか、知らないわけではないけれど」

 審神者はそう言って苦笑を浮かべる。
 なら、なぜ。
 問うよりも先に、すらりとした手が伸びてくる。
 とっさに反応できずにいると、パサリ、と被っていた布を除けられた。

「ねえ、国広。国広はとってもきれいよ」
「……っ、だから」

 やめろという言葉は、彼女の強いまなざしに押し留められる。

「私は国広に言っているの。山姥切国広に。あなたに似た誰かにではなく、今、私の目の前にいて、きれいと言うと不機嫌そうな顔をするあなたに」

 やわらかな声は、それでいて槍のように急所を突く鋭さを秘めていた。
 黒々とした双鉾から瞳をそらせない。
 呑み込まれてしまいそうだ、と思った。

「きれいだということは悪いこと? 写しだというのは悪いこと? あなたが望まれて生まれてきたという証でしょう?」

 望まれて?
 国広は、写しとして生まれることを望んでなどいなかった。
 皆、国広を通して山姥切を見ていた。
 国広自身を望んでくれていた者など、どこにも……。

「あのね、国広。いつかもし、私が山姥切を目にすることがあったとして。名刀ですものね、やっぱり私は彼をきれいだと思うのかもしれないわ」

 ズクリ、と胸の奥深く、あまりにも暗く濃い淀みがその存在を主張しだした。
 たった一言で、あっけなく。
 国広が何よりも恐れていることを、彼女は知っているだろうか。
 本物の山姥切を手にした彼女に、所詮は偽物だと、捨てられること。
 もしそうなったなら、己はどうすればいいのだろうか。
 捨てないでくれ、とすがりつけばいいのだろうか。
 そんなこと、できるわけがない。
 所詮、写しは写し。本物には敵うわけがないと、誰よりも国広が理解していた。

「もしも、の話よ、国広」

 耳朶を打つ静かな声。
 それだけが、今の国広の命綱のように思えた。

「けれどその『きれい』は、あなたに向けたものじゃない。山姥切自身を見てそう感じるだけ」

 彼女は何を当然のことを言っているのだろうか。
 本物の山姥切がきれいであることに、国広は関係ない。
 山姥切がなければ作られることのなかった国広と違って、真作はそれだけで価値があるのだから。

「それと同じことよ。国広をきれいだと思う気持ちは、すべて国広に向けたものなの。私があなたに向けた言葉を受け取る資格があるのは、国広だけなのよ」

 続く言葉に、国広は目を見開いた。
 何が同じだというのか。真作と写しを同列に並べて語るのはおかしい。
 そう、言うこともできるはずなのに。
 どうしてだろう。
 悲しみや、苦しみからではなく、歓びで。
 無性に泣きたくなった。
 彼女の言葉が、紛れもなく国広自身に向けられているのだと。
 信じられるような気がするのは、これまで重ねてきた月日ゆえだろうか。

「山姥切国広。あなたはとても、きれいよ」

 その褒め言葉を、もう、厭うことはできなくて。
 それは、言葉に込められた尊い思いを、感じ取ることができたからなのかもしれない。
 少なくとも、今は。
 本物の山姥切がいない今は、審神者は国広を捨てるつもりなど一切なく、大切にしてくれていて。
 きれいよ、と。なんの含みもなく言ってくれる。
 それだけでも、救われたような心地になった。

「……本物のほうが、もっときれいだ」

 国広とよく似た、けれど国広よりも美しく、国広よりも強い本物を見ても、審神者は同じことを言ってくれるのだろうか。
 まっすぐに国広を見て、きれいね、と。
 微笑みかけてくれるのだろうか。
 期待を……してしまいそうになる。
 彼女は、山姥切国広を、望んでくれているのではないかと。

「あら、それはどうかしら。美的感覚は十人十色じゃない?」

 ふふっ、と笑みをこぼして、審神者は言う。
 心配しなくていいのだと、言葉なく告げるように。
 これだから彼女には敵わない。
 彼女の美的感覚が、人とずれていればいい、などと。
 思ってしまった時点で、国広の負けは決定していたのだった。



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