その瞳に映るもの

 己を扱える者がいるとは思っていなかった。
 太郎太刀の造りは人の身には大きすぎ、持ち上げることすらできない者ばかりだった。
 仕える主を得ることをあきらめるのは早かった。
 どうせ無理だろうと、刀としての本分を果たせることはないだろうと。
 しかしそれは、予期せぬ形で叶うことになった。
 人の姿を持ったことで、初めて太郎太刀は主を得たのだった。



「太郎太刀殿! 太郎太刀殿!」

 我が小さき主は、トタトタと軽い足音を立てながら近づいてきた。
 人の姿を取りながらも人ならざる太郎太刀の身は大きく、幼い姿の主は己の膝よりも少し高い程度の背丈しかない。
 下手に足を動かせば蹴りあげてしまう危険性がある。
 故に、主の声が聞こえると、太郎太刀はその場に立ち止まる。
 そうして主のほうからこちらへやってくるのを待つのだ。

「太郎太刀殿、お願いがあるのじゃ」

 息を整えるよりも先に、主は太郎太刀を仰ぎ見てそう言った。
 首が大変だろうと、太郎太刀は膝を折って主の眼前に跪く。
 そうしてもなお、見下さねばならぬほどに小さな主に、太郎太刀はうっすらと微笑みを向ける。

「いかがなさいました、我が主」
「わらわを抱き上げてほしいのじゃ!」

 問いにかぶせるようにして、勢いよく答えが返ってきた。
 この『お願い』は、これが初めてのことではなかった。
 太郎太刀が今の主の手に渡ってすぐのこと。

『のう、わらわを抱き上げてみてはくれぬか?』

 太郎太刀を見上げながら、こぼれ落ちてしまいそうなほど大きな瞳を輝かせ。
 主の願いを無下にできるわけがない。太郎太刀は言われるがままに主を抱き上げ、庭を歩いた。
 それきりになるだろうと思っていた太郎太刀の予想は、その数日後、あっけなく裏切られた。
 訳のわからぬ願いは、もうこれで四度目か五度目になる。

「またですか、主。ずいぶんとお気に召されたようですね」

 思わずくすりと笑うと、主は姿そのままのように子どもらしく、だって、とつぶやく。

「太郎太刀殿の見ている景色を、わらわも見たいのじゃ」
「……私の見ている景色?」

 背が高かろうと、特に何か変わったものが見えるわけではない。
 ただ、少しだけ空が近く、地面が遠いだけのこと。
 己の足が踏みしめている場所すら不確かになるほどに。

「わらわはちいちゃいからの。太郎太刀殿のように遠くを見通せる目線がうらやましくて仕方がないのだ」

 小さな主の、大きな大きな瞳が、まっすぐ太郎太刀を見上げる。
 彼女の目には何が映っているというのだろうと、太郎太刀にはそちらのほうが気になった。
 己を、うらやましいなどと。
 大きいばかりで誰にも扱えず、刀として役に立つことのできなかった己を。

「太郎太刀殿は強い。わらわの自慢の刀じゃ。なればこそ、太郎太刀殿の見ているものを知り、わらわも太郎太刀殿を見習わねばならぬと思ったのじゃ」

 主の真面目な表情は、一欠片も嘘偽りが含まれていないことを太郎太刀に教えてくれた。
 誰にも扱えないと言われた太郎太刀を、主は重宝してくれる。
 己は、遠くばかりを見ていたのだろうか。
 手の届かないものばかりを、求めていたのだろうか。
 足元を見下ろしてみれば、そこには小さな主がいたのに。
 いつも、一対の宝玉のような大きな瞳で、太郎太刀を見てくれていたのに。
 そんなことにすら気づかずに。

「……ありがたきお言葉。主のお望みであれば、いくらでも。私は主の刀。私のこの身もすべて、主のために在るのです」

 胸に手を当て、深く頭を下げて述べる。
 忠誠はすでに捧げていた。己を刀として役立たせてくれると知った時に。
 命は捧げられない。人ならざる者である太郎太刀に命と呼べるものが存在するのかわからないから。
 だから、刀を。
 太郎太刀にとっての命そのものを。
 捧げることを、許してほしい。

「大輪の芍薬が咲いたと庭師が申しておりました。よろしければお連れいたしますよ」

 太郎太刀の言葉に、主はわかりやすく喜色を浮かべる。
 幼い身体に、決して幼いばかりではない心。
 我が主の足りない部分を補える己が身を、太郎太刀は初めて誇りに思った。



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