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41.もう逃げない

 知らないなんて、今さら言わせない。
 私はあんたのことが好きなの。
 ずっと、ずっと、あんただけを見てきた。
 ホントはあんただってわかってるんでしょ!?

 今日という今日は絶対に、逃がさないから。

「返事は?」

 二人しかいない教室、私は詰め寄る。
 夕明りが差し込む室内は、異様な空気に包まれている。
 それはきっと、私の気迫のせい。
 絶対に逃さない。という私の思いが、教室を緊迫した雰囲気にする。

「……降参」

 あきらはゆっくりと両手をあげた。
 しょうがないな、とその顔は言っているようにも見えた。
 それでもその赤く染まった頬は、きっと夕日のせいじゃない。

「認めたくなかったけど、俺、奈津のこと好きみたいだ」

 それはずっと、ずっと欲しかった言葉。
 代わりの利かない大切な友だちだった。でも、友だちの枠から外れられなかった。
 好きで好きで仕方がなくて、冗談交じりに何度も伝えてきていた。
 鈍くはない晃は、きっと私の気持ちなんてだいぶ前からわかっていて。
 それでも友だちという関係は変わらなくて。それが答えなのかもって、あきらめたほうがいいのかもって何度も思った。
 これが最後だって、玉砕覚悟での告白に、返ってきた答えは。

 たしかに今、彼の言葉が、彼の気持ちが、私の心に届いた。

「……遅いよ、バカ」

 うれしくて、うれしすぎて、涙がこぼれた。
 こんなの私らしくない。そう思いながらも涙は止まらない。
 晃がおろおろとしながら、そっと私を抱きしめてくれて。
 余計に涙があふれてきた。

「ごめん、奈津。ごめん。でも、本気だから。もう待たせないから」

 包み込む、といった表現が正しいような抱きしめ方。
 優しいぬくもりに、私は身を委ねる。
 うん、わかってるよ。あんたは嘘が苦手だもんね。
 あんたの気持ちは、ちゃんと伝わってきたよ。

 言葉の代わりに、私はぎゅっと抱きしめ返した。
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42.君と異世界へ

 ライは異世界から来たらしい。
 らしいっていうのは、ライからそう聞いただけで、異世界を見たことがあるわけじゃないから。
 ライのいた世界は私の世界と似ていて、人が住んでいて動物がいて、植物がある。国があって争いがあって、みんな平和を求めてる。
 この世界との大きな違いは『マホウ』が普通にあることなんだって。

「君を連れて行きたい。
 二度と戻ることはできないけど」

 お別れの日、ライは真剣な表情で言った。
 ずっと、今日がお別れの日だって聞いていた。
 寂しいけど、ライにも事情があるんだからしょうがないって、そう思ってた。
 まさかその事情が、世界が違うから、だなんて思いもしていなかったけど。

 連れて行きたいって言ってくれて、すごくうれしい。
 私はライのことが好きになっていたから。
 お別れしなきゃいけないなら、あきらめなきゃって思っていたから。
 うれしいけど、泣きたくなるくらいにうれしいけど、でも。
 私にはこの世界に家族がいて、友だちがいる。
 この世界に私を繋ぎ止める人たちの顔を、順々に思い返していく。
 料理上手だけど少し抜けてる母さん。仕事ばかりだけどよくお土産を買ってきてくれる父さん。よく喧嘩しちゃうけどたまに優しくしてくれるお兄ちゃん。面倒見のいい姉御肌の美佳ちゃん。恥ずかしがり屋で本が大好きな瞳ちゃん。

「私は……ライといたい」

 最後に浮かんだのは、やわらかな、けれどどこか寂しそうに見える、ライの笑顔だった。

「連れて行って」
 ライの胸に飛び込んで、私はそう言った。
 ごめん、と吐息のようなささやかな声が聞こえた。
 ううん、いいんだよ。
 私はこの選択を、後悔したりはしないから。
 ライと一緒にいたいと思うこの気持ちを、ずっと持ち続けるから。

 大丈夫、と言うように、私はライに微笑みかけた。
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43.大好き

 自分の名前が名前だから、『大好き』って言葉に反応してしまう。
 『大好き』は、幼なじみの実花の口癖のようなもの。
 彼女が、チョコクッキーを、カスタードプリンを、いちごタルトを、大好きと言うたび。
 僕の心臓は悲鳴を上げる。

 ちゃんと、わかってる。
 僕に対しての言葉じゃないって。
 それでも、反応しちゃうものは仕方がない。

「でもね、だいくんが一番、大好き」

 心臓が止まるような感覚が、した。
 息の仕方を忘れるくらい、それは衝撃的だった。

「……僕が?」
「うん、大くんが一番だよ」

 震える声で確認すると、実花は笑顔でそう言った。
 嘘じゃないんだって、長い付き合いだからわかる。
 もちろん、深い意味も込められてはいないんだろうけど。
 それでも、ゆるむ頬を抑えられない。

「大好きだよ、大くん」

 告白のような甘い言葉に、僕は自分の名前が好きになる。
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44.別れ際のキス

 空は墨のような黒に塗りつぶされて、星もほとんど見えない。
 デートの終わりは来てしまう。

 海を見て、おいしいごはんを食べて、一緒にウィンドウショッピングをして。
 本当に楽しかったから、名残惜しくて。
 このまま一生、家に着かなきゃいいのに……って、つい思った。

「今日はありがとな」
 別れを告げる彼に、もっと寂しくなって。
 もうさよならでいいの? なんて言いたくなった。
 でも、そんな文句みたいなことを言って、嫌われたくもなかった。
 寂しがっているのは私だけなのかな。
 そう思ったら涙が出そうになったけど、なんとか我慢した。

「楽しかったよ」

 私がそう言うと、彼はうれしそうに笑ってくれた。
「退屈じゃなかったなら、よかった。俺、話下手だし」
「そんなことない。本当に楽しかった」
 他になんて言ったらいいのかわからなくて、私はもう一度同じことを言った。
 一緒にいるだけですごくしあわせで、話していると心があたたまる。
 こうして別れ際には、心がきゅーっとしめつけられて苦しくなる。
 そんなふうになるのは、彼だけだった。

「ありがと。俺も楽しかった」

 からっとした、寂しさなんて感じない笑顔。
 私はなんだか悔しくなった。
 どうして私だけ寂しくて、こんなに泣きたい気持ちになっているんだろう。
 もっと、彼も私のことを好きになればいいのに。
 またすぐに会えるとわかっていても、寂しくて泣きたくなるくらいに。

 でも、そんなことは言葉にはできないから。
 その代わり私は身を乗り出して、彼にキスをした。
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45.桃の花咲く庭にて

 休日の昼前。メールの受信音に三度寝の邪魔をされたこうは、面倒に思いながらも起き上がり、それから五分で家を出た。
 向かうは勝手知ったる他人の家。
 といっても、限りなく家族に近い、幼なじみの家。

 門をくぐると、瑞花みずかが縁側に座って、のほほんと庭を眺めていた。
 『今すぐ来て』とメールをよこした本人とは思えない。
 予想はしていたけれど、急用があるわけではないようだ。
 彼女の気まぐれはいつものこと。
 今さら怒る気にもなれず、晃は瑞花の隣に腰を下ろした。
 瑞花の母親が手入れしている庭は綺麗で、加えて春の日差しはやわらかく心地良い。
 日向ぼっこをしたくなる気持ちは、わからなくもない。

「何ぼーっとしてんの?」

 黙っているのも変に思えて、声をかけてみる。
 瑞花の視線の先には、桃の花。

「ん? 別にー」

 能天気な声。特に元気がないというふうでもない。
 別に、ですませるなら、どうして呼んだのか。
 言う気はないんだろうと、長い付き合いの晃にはわかる。
 仕方がなく、晃も庭の桃に目をやった。

 桃の木。可愛らしいピンク色の花は、もう見頃は過ぎて散りかけている。
 子どものころ、どうして実が食べられないのかと二人で大騒ぎして、瑞花の親を困らせたことがあった。
 幼かった自分たちには、品種の違いなんて、説明されたってわかるはずもなかった。
 今はちゃんと知っている。この木は花を咲かせるのが役目だ。
 可憐な花を咲かせて、目を楽しませてくれる。

 ふとひらめき、瑞花に視線を戻す。
 小柄な彼女を包む服装は、春らしい桃色のワンピース。

 晃はため息をつく。
 新しい服の感想を聞きたかったなら、そう言えばいいのに。
 まあ、似合っていないわけでもないし。
 もう一度軽く息をついて、瑞花が喜びそうな褒め言葉を考え始めた。
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46.想いを言葉にして

 私だってさ、ちゃんと言葉にしなきゃって思うんだけど。
 素直に言うのって、難しいんだよ?

「はーる、好きだよ」
 裕人の言葉に顔が熱くなって、私はうつむく。
 あなたは、なんで照れずに言えるのかな。
 たぶん、ニヤニヤ笑ってるんだろうなぁって思ったら、むかついてきた。

「晴は、俺のこと好き?」

 き、訊かないでよ〜!
 だからね、こういうの、苦手なんだってばっ!
「な、内緒っ!」
 そう言った私の顔は、きっと真っ赤になっているだろう。

「……残念」
 その声が本当に残念そうに聞こえて、思わず私は顔を上げる。
 目が合って、裕人は微笑む。
 微笑んでいるんだけど、それは苦笑にしか見えなかった。

「言って、ほしいの?」
「そりゃあね。俺ばっかじゃ寂しいよ、片思いみたいで」

 ぽつりとこぼした問いに返ってきたのは、情けない表情と答え。
 片思いだなんて、そんなことあるわけないのに。
 不安にさせてたんだって、初めて気づいた。

 ごめん、私、自分のことだけだった。
 恥ずかしくて言えないって、そんなのただの甘えだった。

 でもやっぱり、面と向かっては、言いづらくて。
 私は裕人にぎゅっと抱きついた。

「だいすき」

 小さな声でしか言えなかったけど。
 ちゃんと、伝わったよね?
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47.未だ幼き君にはやさしいキスを

 ちゅ、と小さな唇にキスを落とす。

「もっとちょうだい」

 君はかわいらしくおねだりをする。
 仕方がなく、もう一度。
 今度はさっきよりも少しだけ長く、深く。
 やわらかな唇に、僕の中の理性が焼き切れていくのを感じる。

「もっと」

 甘やかな声で、君は僕を煽る。
 艶を増した唇に、淡く染まった頬に、何よりも熱を宿した瞳に誘惑される。

「これ以上は、今はダメ」

 わずかに残った自制心を掲げ持って、僕は言った。
 その声がかすれていることに、お願いだから気づかないで。

「いつならいいの?」
「君がもう少し大人になったら」

 『お兄ちゃん』の顔で、僕は微笑む。
 君は拗ねたように薄紅色の頬をふくらませる。
 きっと君には余裕綽々なように見えているんだろう。
 本当は、大人の余裕なんてどこにもないのに。
 気持ちのままに貪ってしまいたいと、今だって欲望が暴れ出してしまいそうだ。

 でも、僕の愛しい恋人は、まだ幼いから。
 恋はしあわせなだけのものだと、本気で信じているような子どもだから。


 まだ、大人のキスはおあずけ。
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