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01.恋わずらい

「恋わずらいを知ってる?」

 君は言う。感情の読めない平坦な声で。
 気まぐれな君は、そうやって僕の心をかき乱す。

「知ってるよ」
 僕は仕方なく正直に答える。

「とてもとても、苦しいものだよ。
 けど、捨てることのできない、何より大切なものでもあるんだ」

 この想いを消せたら、と悩んだことは一度や二度じゃない。
 痛くて、苦しくて。自分の情けなさに吐き気まで覚えるほど。
 それでも苦しみと同じくらい、しあわせを感じさせてくれるものだから。
 結局、僕は君に恋わずらいをし続けるしかないんだ。

「難儀なものね」

 君は笑った。
 少し苦味を含んだような、微笑みだった。
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02.君の歌

 君の歌は輝いている。

 キラキラと、僕の心に降り積もる。ふわふわと、僕の心を舞い上げる。
 雪の結晶のように繊細で、桜の花びらのように軽やかで。
 独り占めしているのがもったいないのに、僕だけに聞かせてほしいと願ってしまう。

 歌が終わる。
 僕が拍手を贈ると、君は恥ずかしそうに笑う。

「人に聞かせるようなものじゃないね」
 君はわかっていない、君の魅力を。

「とてもきれいだ」

 言葉で表せるわけもないけれど、僕は告げた。
 君の分も、僕が君の歌を――君を、好きでいようと思うから。
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03.太陽と雨と傘係

 雨は好きだ。
 傘を差すのが嫌いな君と、一緒に帰る理由になるから。

「健志が背高くなったら、私びしょぬれだね」

 何がおもしろいのか、理香は笑いながらそう言った。
 真昼の太陽みたいに明るい声と笑顔。
 彼女自身がお日さまだから、雨が嫌いなのかな。そんなことをぼんやり思う。

「理香の傘係が務まらないなら、背なんていらないよ」

 成長期にあまり伸びなかった僕は、理香と十センチも違わない。でも、僕はこのままがいい。
 彼女がぬれるのも嫌だけど、彼女と帰る理由がなくなることが嫌だった。

 そうして今日も、僕は雨に感謝する。
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04.食べすぎ注意

「う〜、食べすぎたぁ」

 口と腹を押さえて、美紀はげっそりした声でつぶやく。
 気持ち悪い、と全身で語っていた。
 アホだと思う。心底。
 そう言ったらきっと『バカはいいけどアホはムカつく!』と意味不明な言葉が返ってくるだろう。
 いや、今はそんなこと言う元気もないか。

「限度ってもんを知らねぇよな」

 隆はため息をつく。
 駅前に新しくできたケーキバイキングに二人は行った。
 時間配分も考えずにバカスカ食べまくった結果が、これだ。

「隆と一緒なら、無茶しても平気かなって」

 どういう理屈だよ。とつっこむこともできず、隆は顔を背けた。
 赤くなった頬を、美紀に見られないように。
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05.罰ゲーム

 罰ゲームは愛の告白。

「横暴だっ!!」
「なんとでも」

 私が怒りと共にぶちまけたトランプを、彼は平然と拾い集めてく。
 ひどい。ありえない。サイアク。こんちくしょう。
 何を言っても効果がない気がして、心の中で好きなだけ文句を挙げ連ねる。
 ……そりゃあ、私からは、ほとんど言ったことないけどさ。

「こういうのはむりやり言わせるものじゃないと思う!」
 私は言い逃れを試みる。

「むりやりにでも言わせたいから、罰ゲームなんだろ」

 トントン。集めたトランプを整えて、彼は箱にしまう。
 横から覗き見た表情はどこか憮然としてる。

 そんなに私に好きって、言ってもらいたいの?
 そんなに私の言葉がないと、不安なの?

 いつも余裕なはずの彼が、今はなんだかかわいく見えて。

 たまには素直になってもいいかな、と思った。
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06.翼

 どこまでも広がる大空を、今日も彼は飛ぶ。
 日の光をあびて輝く真白い翼を羽ばたかせて。

「やあ、今日はどこまで?」

 仕事仲間が並んで飛びながら、声をかけてくる。
 鮮やかな緑色の翼は、芽吹いたばかりの双葉を思わせた。

「海と二つの山の向こうさ」
「そりゃあ大変だ」
「腕が鳴るよ」

 彼は朗らかに笑う。

「想いは早く届けた分、伝わるものだからね」

 荷が重ければ重いほど、彼の翼は力強く羽ばたく。
 込められた大切な想いのために。
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07.きれいな別れ方

「きれいな別れ方ってどんなだろう?」

 彼女は唐突にそう言った。

「何? 別れたいの?」
 僕は平静を装いながら訊く。
 内心は、気が気じゃなかったけど。

「さようなら、あなたのことが好きでした。
 とでも言われたい?」

 それが彼女にとってのきれいな別れ方なんだろうか。
 好きなら別れなきゃいいのに。
 そう思ってしまう僕は、絶対にきれいになんて別れられないんだろう。

「勘弁してクダサイ」

 おどけつつも、かなり本気だったりする。
 僕の答えに楽しげに笑う彼女を見て、別れは当分来なさそうだと、安堵した。
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08.名前

「理人♪」
 嬉しそうに、あなたが僕の名前を呼ぶと。
 僕もつられて笑顔になる。

「理人〜」
 甘えるように、あなたが僕の名前を呼ぶと。
 僕は少しだけ困ってしまう。

「理人……」
 助けを求めるように、あなたが僕の名前を呼ぶと。
 僕にできることならなんでもしようと思う。

 あなたに名前を呼ばれるたびに、僕は僕になる。
 あなたの声で呼ばれるたびに、僕は僕を知る。

 あなたのことが好きだという、僕の想いの名前を知る。
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09.中秋の名月

 満円の月を仰ぎ見ながら、ふと君の言葉を思い出す。

「月はきれいだけど、怖い」

 前にそう言っていた君は、今も怯えているんだろうか。
 一年で一番きれいな満月を見ようと、こうして空を仰ぐ人が多い中。
 なんでもないふりが上手な君は、不安を隠しながら笑顔を浮かべているんだろうか。

 君が無理をしていないか心配になって。
 僕は携帯電話を開く。
 すぐに駆けつけられる距離ではないけど、声なら届けられるから。

「あ、もしもし?」
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10.願い

 願いは叶うものなのか、叶えるものなのか。
 そこにあるのは受動的な意志か能動的な意志かの違い。

「叶わせるものよ」

 わがままな君は強気に笑う。
 第三の答えを出せて、満足そうに。

「私の願いは、あなたにも、神さまにだって、叶わせてみせるわ」

 僕の考えなんて興味ないし関係ない。そう言わんばかり。
 君の中にある意志は、とても他力本願で、悲しいまでに無垢で。

 きっと僕はその意志を守りたくて、君の願いを叶えてしまうんだろう。
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11.愛憎

 君のことが好きすぎて、好きだから苦しい。

 僕の想いに気づきもしない君。
 僕以外の男と話して、僕以外の男に笑いかける君。

 純粋? 無垢?
 ただ子どものように考えなしなだけだ。

 愛情は積もり積もるほど、憎悪に姿を変えていく。
 愛おしさと、憎しみ。『愛憎』という言葉を痛いほど思い知らされる。
 綺麗なままではいられなかった自分が、悔しくて、哀れで。

 この変質した想いを抱えながら、今日も僕は君に微笑みかけるんだろう。
 君は何も知らずに、僕の笑顔にだまされるんだろう。
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12.大好きが苦しい

「大好き♪」
 恥じらいもなく、無邪気に告げる君。

 向けられる笑顔に、言葉に、声に。
 込められているのはただの“親愛”でしかなくて。
 勘違いすらさせてもらえないほど、はっきりと、きっぱりと。
 温度差が二人の間に消えることなく存在している。

「僕も、好きだよ」

 声が上ずってしまったことに、気づかれなければいい。
 君にはいつも変わらず笑っていてもらいたいから。
 そう、願っているのも本心のはずなのに。

 たった一言を告げるのが、こんなにも……苦しい。
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13.夢

 ガバッと、俺は跳ね起きた。
 起きたと認識できたのは、ここが自分の部屋だと気づいてからだったけど。

「夢、か……」

 両手で顔を覆う。熱い。
 ありえねぇ。なんであんな夢見るんだよ。俺にどうしろってんだよ。
 心中でいくら悪態をついても、鳴り響くチャイムは俺に現実を突きつけてくる。

「亮〜、もう起きないと遅刻するよ〜!」

 玄関の向こうからは元気な声。狭いワンルームでは嫌でも聞こえてしまう。
 夢で見た、彼女の紅潮した頬や、やわらかな唇の感触がリアルに思い出されて。
 俺は熱を追いやるように息を吐いた。

 どんな顔をして出ればいいのか。
 考えてる時間は、もうない。
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14.夜明け前

 携帯の着信音で、僕は目が覚めた。

 すぐには働かない頭で、それでも携帯画面を見ると、表示されていたのは誰より大切な人の名前。
 03:46という数字を視界のはしで捉えつつ、着信ボタンを押す。

「怖い夢を見たの……」

 あまり良くない音質でもわかるほど、震えている君の声。
 電話越しでも恐怖が伝わってくるようで。

「今からそっちに行くよ。ちょっと待ってて」
 僕は迷わずそう言っていた。
 困惑した声にわずかに安堵が混じっていることに、気づけないほど短い付き合いじゃない。
 即行で着替えて、家を出る。チャリで飛ばせば十分もかからないはず。

 ひかえめで、ほとんどわがままを言わない君が、頼ってくれた。
 不謹慎だけど、嬉しいと思ってしまった。

 怖がりな君は、この夜の闇にも怯えているんだろう。
 早く君を、抱きしめてあげたかった。
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15.お願い

「お願いがあるの」

 君はいつも決まってそう言う。
 上目遣いで、微笑んで。
 甘え上手な君は、僕がその表情に弱いことを、きっと知っている。

 それでも、この拷問のような役得を、他の誰にも譲りたくはないから。

「なんだい?」

 結局、今日も僕はあっけなく陥落する。
 いいように使われているようで、情けなくもあるけれど。

 君の小さく可愛らしい“お願い”を叶えてあげられる自分が、少し誇らしいとさえ思った。
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16.いつか届いて

「好きだよ」

 何度も、何度でも、僕は告げる。
 馬鹿の一つ覚えのような僕の言葉は、君の心に届いているのかな?

「好きだよ。君が好きだ」

 繰り返し、呼吸のように、僕は告げる。
 情けないくらい震えた僕の声は、君の心に響いているのかな?

「……ありがとう」

 君は笑う。寂しそうに。
 まるで自分はいらない存在だとでも思っているかのように。
 僕の深い想いも、痛いほどの熱情も、欠片も伝わってはいないというように。

 僕の愛は、君のその凍った心を、解かせるのかな?

 君の本当の笑顔を、いつか、見ることができるのかな?
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17.ありがとう

 ありがとうの気持ちを君に届けたい。
 何千、何万回言葉にしたって足りない思い。

 君がいるから、僕を包む世界が優しく見える。
 君がいるから、僕は僕の存在を許せる。
 君がいるから、今の僕がいる。

  君がいてくれてよかった。

 そう言ったって、君は笑うだけだろう。
 私は何もしていない。あなたの努力のたまものだ。とばかりに。
 何も知らずに、無邪気に。
 それでも僕は君に伝えたいんだ。

 最上級の感謝の想いを。

――ありがとう。
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18.自由

 空を飛ぶ夢を見た。
 風を切って、重力を感じずに、悠々と。

 自由だ、と思った。

 そう思った瞬間、飛べなくなった。
 急に身体が重くなって、ニュートンのりんごのように、落ちた。
 痛みを感じる前に、目が覚めた。

 軽いめまいをやり過ごしながら、僕は考えた。

 人は、本当に自由なときは自由だとは思わないんだろう。
 自由じゃない自分だから、自由だと思ってしまったんだろう。

 また、空を飛んでみたい。

 そうすれば、本当の自由は何か、少しは理解できるような気がするから。
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19.電話の向こう

 電話の向こうから君の声が聞こえる。
 心地良くて、ずっと聞いていたくなる声。

「じゃあ、また明日」

 少し寂しそうに君は言う。
 また明日、と返す僕の声も負けず劣らず沈んでる。
 名残惜しいけれど、もう充分長電話をしてしまったし、切るしかない。

「優ちゃん」
 一言、伝えたくて、僕は君を呼び止める。

「好きだよ」

 毎日言っても、足りない思い。
 君のやさしい声が好き。君のかわいい笑顔が好き。君のきれいな心が好き。
 誰より、君が好き。

「……私も」

 小さな返事が、嬉しかった。
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20.君に贈る花

 荒廃した大地にも、花は咲く。

 乾いた土から僅かな栄養をもらって。
 照りつける太陽に負けないよう伸びやかに。

「これは、『スミレ』……かな?」

 可憐な花と分厚い本とを交互に見ながら僕は呟く。
 そうだよ、と頷くように花が風に揺れた。

 僕は《花の守人》だ。

 生きるために必要な《水の守人》や、情報の伝達に役立つ《字の守人》ほど重要な役職ではない。
 それでも、僕はこの仕事に誇りを持っている。

 僕たちには余裕がない。
 生きるのも精一杯で、食べるものに困らない日はないし、酷いときは水さえ口にできない。
 そんな世界で、花を守るなんて……と言う声も少なくない。
 食べられもしないものを、役に立たないものを保護するなんて馬鹿げている。許しがたい愚行だ、と。

 けれど、僕はそうは思わない。

 こんな世の中だからこそ、花が必要なんだと。
 花を見て、綺麗だと感じる気持ち。和む心。
 それは、僕たちにとって大切なものなんじゃないかと思う。

 花を見れば、誰もが笑顔をこぼす。
 日々を生き抜くだけでも苦しくて、音を上げたくなる中。
 花は人の心を癒してくれる。
 水がのどを潤すように、花は心を潤してくれる。

 かつて、地上には緑が、花があふれ返っていたという。
 古びた写真や、文献からしかうかがえない、けれど紛れもない事実。
 今はこんなにも大地は荒れ果て、争いは絶えず、希望も見えない世だけれど。

 いつか、いつか。
 見てみたいと願う。

 そうして、両手一杯の花を――君に、贈りたい。
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