攻略対象との接触があるたびに、毎回季人に報告をしている。
つまり、桜木ハルに懐かれている現在、毎日のように報告するはめになっている、ということ。
たいていは夕食後、季人の部屋に行って報告会。
今のところ桜木ハル以外の男性の攻略対象との個人的な接触はなしだ。
「花園さんと順調に仲良くなってるみたいだね」
今日は花園さんに勉強を教えてもらった、という話を私がしたら、季人はそう言った。
穏やかな笑みを浮かべながらの言葉に、私は首をかしげる。
「そうかな?」
嫌われてはいないと思うけど、好かれているかというと微妙なところだ。
だって、相手は住む世界の違うお嬢さま。学校のことや勉強を教えてもらったりする以外、共通の話題なんてない。
花園さんは自分に自信を持っている。でもそれは過剰なものではなくて、彼女の立場と能力からすれば、妥当だし、必要なもの。
自分を磨く努力をしている花園さんは、どちらかといえば好感を持てるタイプなんだけど、だからって積極的に仲良くなりたいかというと別の話だったりもする。
今までの私の友だちって、派手さとは縁のないオタクな子が多かったしね。
「うん、好感度があがってるよ」
「わかるものなの?」
「そりゃあ、サポートキャラだからね」
そういうものなんだろうか。乙女ゲームをプレイしたことがないからわからない。
サポートキャラと言うくらいだから、色々とプレイヤーキャラの手助けをしてくれるんだろうということはわかっていたけれど。
肝心の、何をしてくれるのか、というところは実はよく知らなかった。
まさか、落とすつもりでゲームをするプレイヤーが、私みたいにイベントを起こさないようにと発生条件を教えてもらったりなんてしないだろうし。
イベントの発生条件というものは、本来は攻略本に載っているようなことらしいし。
サポートキャラは、何をどうサポートするものなんだろうか。
「攻略対象の好感度を表す七段階の顔マークの話は覚えてるよね?」
「うん」
始業式までの数日間で、『恋花』のゲームシステム的なものはだいたい教えてもらっている。
変数としてはもっと具体的な数字があるんだろうけれど、『恋花』では好感度は七段階のマークで表される。
好感度の高い順に、照れた顔――いわゆるポ顔、笑顔、微笑み、通常、悲しみ、怒り、目がバッテンになっている顔。
その顔のマークによって、起きるイベントや起きないイベントがあったりもするらしい。
「ゲームみたいにウィンドウが見えるわけじゃないけど、キャラのことを考えると現在のマークが思い浮かぶんだ。花園さんは現在微笑みマークになってる」
「非現実的だね」
「そもそも乙女ゲームの世界ってだけで非現実的でしょ」
私のツッコミに季人は苦笑する。それもそうか。
そんな非現実な話を信じてみようかと思った自分が不思議だ。
まあ、相手が他でもない季人だったからなんだけど。
他の人だったら、話半分に聞いて、今後のお付き合いを見直しているところだった。
よかったね季人、今までの信頼と実績があって。
「季人が教えてくれた攻略対象の情報なんかも、それで知ったの?」
ちょうどいいからと、気になっていたことを聞いてみた。
季人は攻略対象について、詳しすぎる気がする。
キャラの名前、外見的特徴、学年クラス部活動、好きなもの嫌いなもの、お気に入りの場所から、好みの女性像まで。
いくら前世の記憶があるからって、こんなに覚えているものなんだろうか。
「ううん、それは前世の記憶と現実での情報網のおかげ」
「ふうん」
簡単に言っているけれど、従兄の万能さが若干怖い。
深くは考えないように、私は軽く流した。
そういえば、サポートキャラとして役に立てるように、人脈作りに精を出したとか言っていた覚えがある。
好き嫌いはゲームのときと若干変わっている人もいるらしく、そういうのは前世の記憶だけでわかることでもないだろう。
「俺にわかるのは攻略対象の好感度と情報だけ。これはゲームと一緒。咲姫のパラメーターは見れない。本来はそれはプレイヤーが目視できているはずのものだからね」
「顔マークが思い浮かぶ季人と違って、パラメーターなんてまったくもって見えないけど」
そんな非現実的なものが見えてたら、一も二もなく眼科か精神病院に駆け込んでいる。
季人の話を信じるか信じないか、悩むことだってなかったはずだ。
「現実だから、かな、やっぱり。咲姫はあくまでプレイヤーキャラであってプレイヤーじゃないんだろうね」
「中途半端だね」
現実だけど、ゲームの世界。ゲームの世界だけど、現実。
パラメーターは見えないのに、好感度は存在していて、イベントは起きる。
私はもちろんプレイする気はないけれど、もしも攻略する気があったら、条件をそろえるのにかなり苦労したんじゃないだろうか。
「だからイベントがいつ起きるかまではわからないから、注意してね」
注意してねと言われても、どう注意すればいいんだか。
イベント発生場所にはなるべく近づかないようにはしているけれど、移動教室などもあるから絶対にというのは無理だ。
また、ゲーム自体にもランダム要素というものがあったらしく、そうなってくると複雑なことこの上ない。
イケメンに関わり合いたくないから我慢しているけれど、正直、自分の行動が制限されるのは不満がたまる。
とはいえ、そろそろ一ヶ月が経過するという今現在までに、必ず出てくる攻略対象としか出会っていないという成果は、我慢あってこそのものだとわかってはいる。
平穏無事に過ごしたいなら、これからも一年間は、季人の言う注意とやらをしながら学園生活を送らないといけないんだろう。
「そもそも現実世界でどうパラメーターが測られているのかが謎だけどね」
「その辺は、考えたらおしまいじゃないかなぁ」
季人は眉を八の字にさせながら笑う。
現実の学校生活ではっきりとした数字が出るものなんて、テストの点数くらいだ。
通知票だって五段階でしかなくて、先生の好みによるところもある。
テストも成績もない魅力や社交なんて、どうやって測ればいいんだか。
「客観的に見て、私はどのパラメーターが高くてどのパラメーターが低い?」
ゲームでは初期値はほぼ一定らしい。が、現実ではそんなことはないはずだ。誰にだって得意不得意がある。
そして、ある程度なら勉強したり練習したりで上達することはあるだろうけれど、ゲームのように急激に数値が上昇するなんてありえない。
特に、センスの問われる芸術や家庭や魅力、身体の作りが関係する運動、元の性格に左右される社交なんかは。
加えてゲームとの最大の違いは、行動選択がそもそもできないこと。時間割は選択授業以外はすべて決まっている。文系も理系も芸術も家庭も運動も、どれも授業で行われる。
つまり、元の私のだいたいのパラメーターを予測して、その数値がどれも同じ割合で少しずつ上昇していくのだと想像してみれば、一番しっくり来るような気がする。
だから重要なのは、現在のパラメーターの予測だ。
「俺に客観性を求めるのもどうかと思うけど、そうだね……」
口元に手を持っていって、季人は考え込む。
たしかにシスコンの季人に客観性はないかもしれないけれど、本人よりかは幾分かマシだろう。
他に聞ける相手がいないんだから、仕方がない。
私は季人の答えを静かに待った。