01:従兄の告白でプレイ準備

 立花咲姫たちばな さき、十六歳。
 親が海外に転勤になったことで、伯父の家に居候することになった、活字中毒なところを抜かせば極めて普通の高校生。ツッコミは不可。
 なんだけれども、現在、従兄に意味不明な話をされ、困惑気味だ。
 
 従兄いわく、この世界は乙女ゲームの世界で、私はそのプレイヤーキャラクター、らしい。
 この春に転入する花園学園でイケメンと恋に落ちる、らしい。
 彼はそのゲームにおけるサポートキャラクター、らしい。

 ……そんな話、はいそうですかと納得できるものじゃないと思うのだけれど。

季人すえひと、いつからそんな妄想癖になったの?」

 私は読んでいた本を閉じて、学習椅子に座っている従兄を見上げる。ちなみに私はベッドの上であぐらをかいている状態だ。
 荷物を運び込んでから一週間ほどしか経っていない部屋は、まだ私の部屋という感じはしない。
 別に擬人化するつもりはないけれど、なんとなく他人行儀というか。
 一ヶ月もすればきっとなじめるんだろうけど。

 と、いうのはどうでもいいとして、問題なのは頭がおかしくなってしまったらしい従兄のこと。
 視線の先で、従兄は苦笑している。一見、いつもの従兄だ。
 立花季人、二十歳。四つ年上の従兄で、お世話になることになった家の一人息子。
 季人は、よく言えば優しい性格をしている。困っている人を放っておけないというか、親切というよりお人好し。
 よく貧乏くじを引かされる従兄に私はそれなりに懐いていて、季人も私のことを特別かわいがってくれている。二人ともお互いが一番仲のいい親戚、というくらいに。
 そんな従兄が、おかしな妄想を語り出した。これはいけない。
 何か変な宗教にでも引っかかってしまったのかもしれない。
 今からでも現実に呼び戻すことはできるだろうか。カルトな従兄は嫌だ。

「まあたしかに、そう簡単に信じられる話でもないよね」

 やわらかそうな栗色の髪をくしゃりとしながら、季人は苦笑する。
 むしろ簡単に信じてしまえたら、私の頭もおかしいことになってしまう。
 目立たないことをよしとし、世間一般的な良識のある女子高生として過ごしてきた。なのに黄色い救急車は嫌だ。
 そうか、黄色い救急車。今の従兄に必要なものはそれかもしれない。
 枕元に転がっている携帯電話に目をやる。救急車と言うくらいだから、消防署に百十九番すればいいんだろうか。

「咲姫、考えてることが顔に書いてあるよ。黄色い救急車は必要ないからね」

 季人はそう言ってため息をつく。
 名前を呼ばれて、私は顔をしかめる。
 あんまり自分の名前は好きじゃない。もっと地味なのがよかったといつも思う。

「病気の人はみんなそう言うものだよ」
「それは否定できないけど」

 そうだろうそうだろう。おとなしくお縄につくといい。
 携帯電話に伸ばした手を、季人はつかんで止めた。
 それはもうがっしりと、離すもんかとばかりに。

「とりあえず、最後まで話を聞いて。信じるか信じないかは咲姫が決めてくれていいから」

 真剣な顔で季人は言い募る。
 冗談を言っているようには見えなかった。
 本気でカルトに染まっているなら、そっちのほうが問題だけれど。

 とはいえ、まあ。
 私も、本当に従兄の頭がおかしくなってしまったとは、それほど思っていなかったりもする。

「しょうがない。他でもない従兄の話だし、妄想にも付き合ってあげますか」

 にやり、と笑って私はそう言った。
 季人はほっとしたように表情をゆるめた。
 ちゃんと聞いてもらえるかどうか、不安だったのかもしれない。
 別にまだ信じるとは一言も言っていないけどね。
 話を聞いてあげるくらいは、してもいいかなと思った。



 季人の話をまとめると、こういうことだった。

 この世界は、季人が前世でプレイしたことのある、『恋は花ざかり 〜君の恋が花開く〜』という乙女ゲームの世界なのだそうだ。
 乙女ゲームの世界といっても、前世とそう代わりはないらしい。同じ日本で、地名も変わっていないし、パソコンや携帯などが普及していて、大きなチェーン店や有名な商品なんかの名前も似ている。
 違いといえば、髪や目の色が少しだけ派手なことと、前世にはなかった花園学園という高校があることくらい。
 でも、その学校こそが、この世界でとても重要な場所だったそうだ。
 季人がそれを思い出したのは、花園学園に入学したときのこと。
 見覚えのある校舎を見て、見覚えのある先生を見て、ふと唐突に悟ったらしい。
 花園学園こそ、『恋は花ざかり』、略して『恋花』の舞台だ、と。

 それから季人は少しずつ前世の記憶を取り戻していった。
 普通に暮らしていた記憶はぼんやりとしかわからず、なぜかこの乙女ゲームに関することだけは鮮明に思い出すことができた。
 名前と外見的特徴から、自分がサポートキャラであることに気づき、そこから芋づる式に、四つ年下の従妹がプレイヤーキャラクターだと気づいた。
 恋花のゲーム本編は、立花咲姫が高校二年生に転校してきてからバレンタインデーまでのおよそ十ヶ月。今はまだゲームは始まっていない。
 現実を受け止めた季人は、これまで以上にプレイヤーキャラである咲姫、つまり私に気を配りながら、サポートキャラとして役に立てるよう、人脈作りに力を入れた。
 OBとはいえ大学生になってから高校生の情報を得るのは難しい。特に後輩をかわいがるようにして、卒業後も学園に顔を出せるようにした。

 そうして、今がある、ということらしい。



「咲姫、乙女ゲームっていうのはわかる?」

 私と同じようにベッドの上に座って話していた季人は、大前提になるような今さらな問いを口にした。
 それがわからなかったら、そもそも話の途中で首をかしげていただろうに。
 というか、タイトルからして一発だと思う。わかりやすすぎだ。

「男落としゲームでしょ?」
「身もふたもないね……」

 私の答えに、季人はがっくりと頭を垂れた。
 ゲーム全般をそれほどやらない、やってもパズルゲームくらいの私が、なぜ乙女ゲームを知っているのか。
 簡単なことだ。転校前の私が属していた女子グループが、いわゆるオタクなグループだったから。小説漫画アニメゲームなんでもござれの。
 その中の一人が、少女漫画と少女小説と、乙女ゲームが好きだった。彼女の話を聞いていて、自然と覚えてしまっただけのこと。
 ちなみに彼女とは少女小説の趣味は恐ろしいくらいにピッタリと合った。だから乙女ゲームもやったらきっとハマるよ、とは言われたけれどそこは頑として断っておいた。ゲームには興味がなかったし、ハマったらハマったで危険そうだから。

「プレイヤーキャラクターってことは、主人公でしょ。何? 私、逆ハーレムでも築けばいいの?」

 乙女ゲームというのは、一般的に多人数のイケメンにちやほやされるものらしい。
 彼女も、同時攻略がどうのと言っていた記憶がある。つまりそれは、少女小説でも最近増えてきた逆ハーレムというものなんじゃないだろうか。
 ちなみに、ライトノベルでハーレムものは探せばそれなりにあるけれど、逆ハーレムという言葉はまだそこまで一般的ではない気がする。いわゆるネット用語に近いのかもしれない。
 商業でのハーレムものというのは、たくさんキャラを出せばどれか当たりが引っかかるだろうという戦法らしい、というのを聞いたことがある。逆ハーレムが増えてきたのもそういう理由なんだろう。
 ハーレムでも逆ハーレムでも、主人公が魅力的じゃないと読む気をなくしてしまう。
 そういう観点から見ても、私に逆ハーレムは築けない。そもそも築きたくもない。

「明らかにめんどくさそうだね」
「めんどくさいよ。別に恋愛とか興味ないし、イケメンにはもっと興味ありません。そんなのは小説の中だけで充分です」

 恋愛は、架空のものを文字媒体で読むものだ。
 現実で体験したいとは、私は今のところ思ったことはない。
 イケメンが優しいのも格好いいのも小説の中でだけ。
 現実のイケメンなんて、わがままだったりナルシストだったり、話が通じない奴のほうが多いだろう。
 攻略対象がどんな人たちなのかはわからないけれど、乙女ゲームに出てくるような人物というだけで、すでに私にとってはアウトだ。

「だろうね。咲姫のそういう性格は俺が一番理解してるよ。だからこそ、話しておいたほうがいいと思ったんだ」

 にっこり、と季人は人のよさそうな笑みを浮かべる。

「どういうこと?」
「攻略情報を知っていれば、イベントを起こさないように動くこともできるってこと」

 ゲームでイベントが起きなければ、どうなるのか。
 友人に散々聞かされたことを思い返してみる。
 好感度やその他様々な条件によってイベントが起きる。イベントを進めることでキャラと仲良くなる。キャラと仲良くなって、エンディングを目指す。
 なら、そのイベントをそもそも起こさずにいたら。
 キャラとの絆を深めることなく、時間だけが過ぎたら。

「なるほど、ノーマルエンドを目指せということか」

 ゲームによってはノーマルエンドがバッドエンドなこともあるらしいけれど、季人の話を聞くに、恋花はそうではないんだろう。
 誰とも恋に落ちることなく、一年が終わる。
 そんな、私にとってこれ以上ないくらい理想的なエンディング。
 それがノーマルエンドなんだろう。

「そうなるね。恋だのなんだのにわずらわされたくないなら、そもそも攻略しなきゃいいだけの話だから」

 ね? と季人は私の顔を覗き込む。
 さすが、私のことを理解していると言うだけはある。
 恋だのなんだの、私にはどうでもいいこと。
 本があって、物語があればいい。それで充分。
 たとえこの世界が乙女ゲームの世界だったとしても、私はその考えを変えるつもりはなかった。


 さて、信じるか信じないか、どうしようか?



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