高校一年生の夏休み。例年どおり母さんと一緒に伯父の家に遊びに来ていた。
年に何回かはこうしてどちらかの家に滞在し、時には一緒に小旅行に行ったりもする。
おかげで伯父さんの家で居心地の悪さを感じたことなどなく、四つ年上の従兄とも、まるで毎日会っている幼なじみかのように仲がいい。
今は、そんな仲のいい従兄の部屋のベッドで、ごろんと横になっていた。
春眠暁を覚えずという言葉があるけれど、別に春や朝に限ったことじゃないと私は思う。
眠いときは、いつだって眠い。
特に、お昼ご飯を食べ終わったあとなんて、最たるもの。
動物の三大欲求の一つなんだから、抗おうとするのは愚かなことだ。
そう心の中で言い訳をして、私は寝返りを打った。
ごく小音でかかっているヴァイオリンの曲を子守歌に、意識が沈んでいくのを感じる。
「咲姫、寝るなら客間に行きなよ」
沈みかけた意識を揺り動かす声。
とんとん、と軽く背中が叩かれる。
犯人は当然、この部屋の主、従兄の季人だ。
彼はさっきまで学習椅子に座って小説を読んでいたはず。
いつのまに近くに来ていたんだろう。小説は読み終わったんだろうか。
「エアコン代……」
もぞり、と動きながらも目は開かずに、端的に言葉を返す。
広い客間を冷やすには、それだけ電気代もかかる。
その点、季人の部屋ならそこまで広くないし、そもそも季人一人だけでも使うものなんだから心配する必要はない。
「誰も気にしないよ」
「むー……」
何を言われても、私はここから移動する気はない。
もちろん私だって、伯父さんたちがそんなことを気にする人じゃないのは知っている。
それでも、一応は礼儀というものもあるし。
お昼寝のためだけに布団を敷き直すのも面倒くさいし。
……実のところ、エアコン代なんてただの口実で、客間よりも季人の部屋のほうが居心地がいいというだけのことだったりもする。
そんなこと、素直じゃない私は絶対に言わないけれど。
「まったく、咲姫は子どもだね」
苦笑しているんだろう、と見なくてもわかる声で、季人は言う。
同時に、ぽん、と季人に向けている背中に手が置かれた。
それはまるで子どもをあやすようなもので、少しだけむっとする。
けれど、そのぬくもりに安心してしまうことも事実だった。
「子どもじゃない……」
季人の手を甘受しつつも、私はしっかり反論しておく。
プライドが高いのは自覚ずみの私は、子ども扱いされるのが好きじゃなかった。
「子どもだよ。従兄の部屋でぐーすか寝ていられるうちは」
その言葉にはわずかに毒が含まれているように感じた。
不安になって、目を開いて後ろを振り向く。
季人は私と目が合うと、困ったような顔をしながらも微笑んだ。
よかった、いつもの季人だ。
「……季人だから、だもん」
緑と茶の混じった瞳を見上げながら、ぽつり、と本音をこぼす。
こんなふうにわがままを言えるのは、季人にだけ。
冗談なら友だちとも言い合えるけれど、ここまで無条件に甘えることはできない。
もしかしたら、母さんにだってできないかもしれない。
子どものころから、季人は私のわがままを聞いてくれていたから。
どんな言葉だってちゃんと受け止めてくれたから。
季人と一緒にいると、自分とは思えないくらい、甘えん坊になってしまう。
「……まったく、この無自覚さんは」
季人はため息をついて、こつん、と私の額を小突いた。
たぶんそれは照れ隠しだ。
ちょっとだけ、頬が染まっているのを見てしまったから、わかる。
くすくすと笑いながら、私はまた背中を向けて布団にもぐる。
もう完全に寝る体勢に入っている。
今度は季人も文句を言ったりはしなかった。
どうしてくれようか、という声が聞こえたけれど。
従妹に底なしに甘い季人が、どうにかするとも思えなくて。
季人の匂いに包まれながら、私は眠りに落ちていった。