先輩専属のパイロット

 バランス感覚が破滅的らしくて、子どものころから私はよく転ける。
 一日一転びは当たり前。片手で収まらないくらいの回数転けた日だってけっこうある。
 友だちには、心配を通り越して呆れられるくらいに、本当に転ぶ転ぶ。
 あんたは走るよりも転がったほうが速いかもね、と言われたこともあったけど、それはさすがに冗談……だよね?

 私だってね、どうにかしたいとは思っているんだ。
 すり傷、切り傷、打撲に捻挫。
 私の膝や肘に絆創膏が貼られていない日なんてないくらい。
 怪我をしていないときのほうがめずらしいくらいなのは、さすがによくないだろうと自覚はしているから。

 だからって、こんな解決方法は、いただけません。

「軽いね。ちゃんと食べてる?」
「食べてます。食いしん坊なほうですよ、私」
「そうなんだ。じゃあ、太りにくい体質なのかな」
「そうかも……じゃなくって!」

 私が声を上げると、先輩はちょっと驚いたような顔をした。
 いや、そんな顔をしないでくださいよ。
 むしろ私のほうが驚きたいくらいなんですけど!

「あ、あの。下ろしてくれませんか」

 おずおずと、でもはっきりと、私は先輩に言った。
 そうなんです。今、私は先輩に抱っこされているんです。
 片腕に座らせて持ち上げる、よく子どもにする抱き方。
 ちびの私でも今は先輩より少しだけ目線が高くなっていて、新鮮だけれど素直に楽しめるだけの心の余裕はない。

「嫌だって言ったら?」

 にこりと笑う先輩はとてもきれいなのに、言っていることは意地悪だ。
 先輩ってこんな性格だったっけ?

「困ります」

 私はぎゅっと眉をよせる。
 ここは学校の中庭で、今は昼休み。
 こうして先輩に抱っこされている私を、さっきからちらちらと見てくる視線がたくさんある。
 ある人は興味深そうに、ある人は目を丸くしていて、ある人はなんだか怖い顔。
 どうしてこんなに人のいるところで、目立たなくちゃいけないのか。
 先輩はもう少し人目というものを気にしてほしい。

「でもね、目の前で何度も転ばれるのも、困るものだよ」
「それは……すみません」

 先輩の言葉も間違ってはいないんだろう。
 今はもうだいぶ慣れてくれた友だちも、最初は毎回心配そうにしていたし。
 傷を量産していく私が危なっかしく見えるのは当然かもしれない。

「だから僕といるときは、僕が運んであげるよ。君は僕のパイロットだ」

 そう言った先輩の笑顔は、キラキラと輝いているように見える。
 先輩は王子さまを連想しちゃうくらい整った容姿をしている。人気があるのもわかるなぁ。
 って、だから私、そうじゃない!

「私が動かしてるわけじゃないんだから、パイロットって間違ってます!」
「つっこむところはそこなんだね」

 苦笑する先輩に、私は首をかしげた。
 あれ、違いました?

「君みたいな軽いパイロットなら、大歓迎だよ」

 そんなこと言われたら、太れないじゃないですか。
 思わずそう考えてしまうくらいには、いつのまにか運んでもらうことを受け入れてしまっているらしい。
 私を支える腕は意外としっかりしていて、怖くはない。
 高い目線は面白いし、先輩と顔が近いのはなんだかドキドキする。
 先輩と一緒にいる間だけでも、怪我が増えないのはいいことかもしれない。

「それ、丸め込まれてるから、あんた」

 後日、友だちにそう注意されることになるんだけれど。
 そのときにはもう、後の祭りなのでした。






即興小説トレーニングより
制限時間30分 お題:軽いパイロット
多少加筆修正してます。元文はこちら

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