三つ年下の幼なじみは、時折ひどく捉えどころがないと感じる。
　言葉も表情も、わかりやすく感情を伝えてくるというのに。
　距離を感じてしまうことがある。
　それは、自分が王族だからというわけではないのだろう。身分には頓着しない彼女のことだ。
　だからきっと、その理由は。

　彼女が、魔女だから。



　少女の住む森の家で、共に茶を楽しむ穏やかな時間。
　執務の合間をぬって会いに来れば、少女はいつも笑顔で青年を迎え入れてくれる。
　森の清麗な空気と、その少女の笑顔に癒されるために、自分はここへと足しげく通ってしまうのだろう。

「君にはいったい何が見えているのだろうね」

　初めはたわいない話だったような気がする。
　先代の森の魔女との思い出話を、自分の知る幼き頃の少女と重ね合わせながら聞いていた。
　けれどどうしても、魔法についてとなると青年には理解できない話も出てくる。
　うらやましさと、少しの嫉妬。少女と本当の意味で思い出を共有できる人は、今はもうこの世にはいないというのに。
　そしてこぼしてしまったのが、先の一言。
　少女は小首をかしげて、それから口を開く。

「王子の見ているものと変わりませんよ」
「君は魔女なのに？」
「魔女は別に特別でもなんでもないんです。少し、人とは違うところはありますけど。それは個性みたいなものなんですよ」

　卑下はしないものの殊勝な言葉を選ぶのは、先代にそう育てられたからなのだろう。
　少女のその心の在りようが、青年は好きだった。
　眩しいほどにまっすぐで、普通の娘のようでいて神秘的な魅力もある。
　一度囚われてしまえば、あとはもう深みにはまるばかり。

「王子にも、空は青く見えているでしょう？　森の深緑には癒されて、草花には心が和みますよね。一緒です」

　少女はそう言って微笑んだ。
　同じものを見ているのだと、同じ思いを共有しているのだと、信じてしまいそうになる。

「それでもやはり、君は特別だよ。私にとってはね」
「……王子」

　少女の頬が薔薇色に染まっていく。
　青年の声色にひそむ熱をきちんと感じ取ってくれたらしい。
　距離を感じるほどに、その距離を詰めたくなる。
　どうかこの手の内まで降りてきて、と請うてしまう。
　それが少女の足枷となってしまうとしても。
　恋情で、少女を自分につなぎとめておかないと、不安で仕方がない。

「君の見ているものを知りたい、と思うのも、君への想いがゆえだ。そんな私を、君は愚かだと笑うかな」

　青年は少女の夜の空のような瞳を覗き込みながら、言葉を紡いだ。
　愛する人のすべてを理解したいと願うのは、恋に落ちた者なら当然のことかもしれない。
　別の人間である以上、到底無理なことだと理解はしている。
　特に彼女は、自分にはない力を持っているのだから。

「そんな……そんなわけないじゃないですか！」

　恥じらいながらも、少し悲しそうな顔をしているのは、青年が自嘲的なことを言ったせいだろう。
　感受性豊かな少女はすぐに表情に出る。
　悲しませてしまったことを申し訳なくも思うけれど。
　他でもない青年がその表情をさせているのだと、安堵すらしてしまう自分もいる。

「そうだろうね。魔女殿は優しいから」

　そんな少女の優しさに、自分はいつも救われている。
　予想していた答えに、それでも確かに肩の力が抜けたように。

「優しいとかじゃなくて。そう思ってもらえるのは、……うれしいですから」

　素直に言葉にするのは恥ずかしいのだろう。
　白い肌に朱を上らせた少女は、可憐で愛らしい。
　思わず青年はクスリと笑みをもらした。

「かわいいね、キラ」

　青年の言葉に、ボッとさらに少女は顔を真っ赤にさせる。
　少女は青年が名前を呼ぶだけで恥じらいを見せる。
　ずっと秘められていた名だから、呼ばれ慣れていないということもあるのだろう。
　わかりやすい反応がかわいらしく、愛おしい。

「王子はかわいくないです」

　小さな唇を尖らせて、少女は文句を口にする。
　それすらも青年には恋情を募らせる要因にしかならずに。
　花に吸い寄せられる蝶のように、青年は少女の頬に手をすべらせた。

「王子、じゃないだろう？」
「……セレン」

　その甘やかな響きに、ふ、と吐息がこぼれ落ちた。
　胸の内を焦がす熱情は、きっといつまでも冷めることはないのだろう。
　それでいい、と青年は思う。
　苦しいこともある。不安になることもある。
　それでも、少女の隣にあれる幸福を思えば、苦しみすらも至高の喜びとなってしまう。

　たとえ、少女の見ているものすべてを知ることは叶わなくても。
　少女が青年の名前を呼んでくれるかぎり、自分の居場所は少女の隣にあってもいいのだろう。
　その幸福が永遠に続くよう願うことくらいは、恋に惑う青年にも許されているのだろう。

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