にいちゃんは意地悪でセクハラで、でもやっぱりにいちゃんだった

 夏休み、何年かぶりに家族で帰省した田舎のお祖父ちゃん家。
 そこで私は、懐かしい顔と再会した。

「昔はこんなに小さかったのにな」

 従兄の克貴にいちゃんは、人差し指と親指で十センチくらいの隙間を作って、そう言った。
 私は一瞬意味がわからなくて、それからすぐに、思いっきり顔をしかめた。
 いくらなんでも、ヒドイ。バカにしてる。

「そんなにちっちゃいわけないでしょ!」

 指で計れるサイズなんて、お腹の中の赤ちゃんだ。
 生まれたばかりの赤ちゃんだって、もっとおっきいことくらい知ってるんだから!

「いやいや、ちっちゃかった。俺はちゃーんと覚えてるぞ」
「ウソツキ!!」

 バンッ、と音がするくらい強くにいちゃんの胸を叩くと、ハハハッと笑われた。
 その笑い方はすごく覚えのある明るいものだったけど、余計に神経を逆なでされた。

 子どものころ、よく遊んでくれた六つ年上の克貴にいちゃん。楽しい思い出しかないにいちゃん。
 克貴にいちゃんはこのお祖父ちゃん家に住んでいて、毎年夏休みしか会えなかったけど、すごくよく懐いてた。
 お約束かもしれないけど、実はハツコイの人だった。
 にいちゃんが大学生になったとき、都会に行ったって知って、大泣きしたっけ。
 バイトとか友だち付き合いとか色々あったらしくて、夏休みに会うことができなくなった。

 それから自然と、私もお祖父ちゃんの家に遊びに行かなくなって。
 就職も都会のほうで決まったらしいって聞いて、実は落ち込んでいたりしたんだけど。
 今年はにいちゃんが帰ってくるって聞いたから、家族についてきてみた、のに。
 こんな、こんな意地悪だったなんて!
 思い出補正って、コワイ。

「咲花(えみか)ももう高校生なんだなー。ほんと、子どもは育つのが早いな」

 しみじみといった様子でそう言うにいちゃんに、なんだかムッとなる。
 もう、私は十六歳だ。結婚だってできる年だ。
 子ども扱いなんて、イヤ。
 そりゃあ、今年から新社会人として働いてお金もらってるにいちゃんからしたら、たしかに子どもなのかもしれない。
 でも、認めたくなかった。認めたら負けだと思った。
 ……理由は、よくわかんなかったけど。

「子どもはこんなに胸ないんだからねっ!」

 ムカついたから、私はにいちゃんの腕にしがみついて、ムギュッと胸を押しつけてやった。
 中学生の途中くらいから、すくすくと大きくなった私の胸は、今も成長中だ。
 同性にはうらやましがられるし、異性にはちょっとエッチな目を向けられたりする。
 大人でもこんなにおっきな胸の女性は、そんなにたくさんはいないと思う。
 ほらほら、これで子ども扱いなんてできないでしょ?

「おお、いい感触。Dの70?」
「残念でした、E70」
「へー、よく育ったもんだな」

 むに、とにいちゃんの肘が私の胸を押した感触で、ハッと我に返った。
 ななななっ、何やってんのにいちゃん!! っていうか、何やってんの私!?
 わ、私、自分から胸押しつけて、しかも、胸のサイズまで言っちゃった?
 今まで一度も、男の人に教えたりなんてしたことなかったのに!
 すごくすごく胸がドキドキして、強い力で中から叩かれてるみたいに痛くなってきた。
 私はにいちゃんの腕を離して、ずざざっと距離を取った。

「に、にいちゃん、セクハラ! ヘンタイ〜!!」

 心の中がめちゃくちゃで、涙目になりながら私は叫んだ。
 はぁ? とにいちゃんは呆れ顔。
 あああ、そんな顔しないでよ。
 私だって何言ってるのかよくわかんないんだから。

「自分で押しつけといて、ひどい言いようだなオイ」
「バカバカバカッ!! にいちゃんなんて、大っキライ!」

 自分でもヒドイってわかってるけど、止まらなかった。
 心臓はドキドキ通り越してバクバク言ってるし、頬とか顔とかだけじゃなくて全身熱くなってくるし、息もうまくできなくなってきてるし。
 絶賛大混乱中で、頭の中は警報が鳴っちゃうくらいの暴風雨だ。
 全部にいちゃんのせいだって、わがままで子どもの私が叫んでる。

 もう、これ以上変なこと言っちゃう前に、どっか行こう。
 時間を置けば、きっと落ち着くはず。
 この胸のドキドキバクバクとか、泣きたいくらいの恥ずかしさとか、全部。
 そう思ってここから立ち去ろうとしたら、腕を掴まれて引き止められた。
 文句を言おうと思って見上げると、コツン、と額が合わせられる。

「あーハイハイ、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りました。克貴にいちゃんが悪かったです。許してください」

 あ、これ、仲直りの合図だ。
 額をコツンってして、目を合わせて。
 そうしたら、ごめんなさい、って二人とも言わなきゃいけない。
 子どものころ、私とにいちゃんとで決めた、二人の間でだけの特別ルール。

「わ……わたしも、ゴメン」

 合図のおかげで、私も素直に謝ることができた。
 まだ胸はドキドキ言ってて、むしろ余計にうるさくなってきてるけど。
 でも、嫌なドキドキじゃないってことだけは、なんとなくわかった。

「そうだな、お前も悪い。冗談でも男を誘惑するようなことするんじゃないぞ。俺だったからよかったけど、たとえば咲花の同級生なんかにあんなことしたら、どうなるかわかんないぞ」
「誘惑したつもりはないんだけど……」
「そう取られてもおかしくないことをしたんだよ。気をつけなさい」
「はぁい……」

 しょんぼり、と私はうなだれた。
 にいちゃんに怒られた。
 これじゃあ、子どものころと全然変わってないや。
 私の行動パターンも。にいちゃんの対応も。
 やっぱり私は、まだまだ子どもだったみたいだ。

「よしよし、ちゃんと反省する咲花はいい子だな」

 まぶしい笑顔のにいちゃんに、クシャッと髪をかき回された。
 その笑顔とぬくもりに、ドキドキがすごく強くなった。
 相変わらず、にいちゃんの笑顔は明るくて、格好良くて、ちょっとかわいくて。
 子どものころ大好きだったにいちゃんと、おんなじで。
 でも、その笑顔を見る私の目は、子どものころとは変わっちゃったみたいだ。
 子どものころよりも、もっとずっと、兄ちゃんが輝いて見えるよ。



 ねえ、にいちゃん。
 私はまだまだ子どもかもしれないけど。
 それなら、子どものころには感じなかったこのドキドキは、なんなのかな。

 大人の証だったり、しないかな?






「書き出し.me」にて書いたお話を加筆修正しました。元文はこちら。
書き出し:「昔はこんなに小さかったのにな」



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