言い間違いは、良い間違い?

「ほんとぢゃお!」

 そう言った瞬間、空気がカチンッと凍った、ような気がした。
 おれは自分の口から出てきた言葉に、呆然としてしまった。
 でも、言われた側のほうが驚きは大きいだろう。
 目を丸くしている彼女に、おれはともかく何か言わなければ、と口を開いた。

「ち、違うんだ! ほんとだよって言おうとして! 言い間違えただけで! どっかの子ども向けアニメに出てきそうなマスコットキャラクター風を狙ったわけじゃなくって!」

 勢いだけで動く口は、盛大に空回り。
 なんか、言葉を重ねるごとに墓穴を掘っていってないか?
 恥ずかしくて、情けなくて、全身が沸騰しそうだ。男なのに涙までにじんできた。
 マスコットキャラクター風とか、自分で言ってて意味がわからないし。
 これ以上どう続けたらいいかわからずに、自然と口が重たくなっていく。

「お、おれの気持ちは本当だって、それだけ言いたくて……」

 そこまで言ったところで、舌が回らなくなった。
 もう、何を言ったらいいのか、何も思い浮かばない。
 ぢゃお、なんて。
 こんな大きな失敗、どう言い繕ったって取り戻せる気がしなかった。

「……なんか、ごめん。おれ、かっこ悪い……」

 恥ずかしくて、目を合わせていることすらできなくて。
 おれはうつむいて、くしゃりと前髪を握りつぶした。
 ああ、もう、おれのバカ。バカバカバカッ!
 一世一代の大告白、だったのに……。

 この高校に入学してすぐ、一つ先輩の彼女に一目惚れして。
 ずっと見ているだけで、気づけば一年以上が過ぎていて。
 このままじゃ先輩は卒業してしまう、と焦って、告白したのに。
 ろくに話したこともなかったから、当然かもしれないけれど、気持ちを疑われて。
 テンパッて、アホみたいな言い間違いをしてしまった。
 そりゃあ、最初からダメ元っていうか、むしろ絶対にムリだろうってのはわかってたけど。
 何も、大好きな先輩の前でこんなかっこ悪い間違いしなくたっていいじゃんか。
 情けなさすぎて、今すぐこの場を走り去って大泣きしたいくらいだ。

「……ふ、ふふっ」

 うつむいたまましばらく突っ立っていると、笑い声が聞こえてきた。
 それは、こみ上げてきたものが我慢できずにこぼれた、といった感じのもので。
 おれは驚いてパッと顔を上げ、先輩の表情を見てさらに驚いた。
 普段、ほとんど表情の変わらない先輩が笑っている。
 すごく……すんごく、言葉にできないくらい、かわいい。
 いつもは市松人形みたいな先輩に、魂が宿って動き出したみたいな……。
 いや、もちろん、先輩は生きてるし、笑ってもおかしくないんだけど。
 それくらいの衝撃……いや、感動だった。

「ごめん、君の気持ちを笑ったわけじゃなくて、ふふっ……」

 先輩は謝りつつも、まだ笑い続けている。
 一度笑い出すと止まらなくなるタイプなのかもしれない。

「ぢゃおって、かわいい」

 先輩は、キリッとした目元を和らげて、そう言った。
 ぶわぁっと、頬に熱がたまっていく。
 それは、先輩に微笑みかけられたからなのか、言い間違いを改めて指摘されたからなのか。
 たぶんどっちもなんだと思う。
 うわー、すっげぇ恥ずかしいっ!!

「わ、忘れて……」
「忘れられないかも。インパクトあったもの」
「うわぁぁ……やめて……」

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
 今すぐ校庭に穴を掘って埋まって、一週間は出てきたくないくらいには恥ずかしい。
 なんでよりにもよって、大好きで、あこがれの、片思いしてる先輩の前で、あんな言い間違いをしてしまったんだろう。
 これが、男友だちの前だったなら、盛大にいじられたとしても、何倍にもしてやり返すのに。
 そんなこと、女の人で、しかも好きな人である先輩にできるわけがない。
 たとえ、おれの失敗が理由だとしても、笑ってくれたことがうれしい、なんて思っちゃうくらいなんだから。

「こんなおもしろい告白、初めて」

 微笑んだまま、小さな声で先輩はそうつぶやく。
 きれいで大人っぽくて、歩く市松人形って言われてる、どこかの深窓のお嬢さまみたいな先輩。
 そりゃあ、今まで告白を受けたことなんていくらでもあるんだろう。
 そしてどうやら、おれみたいな救いようのないバカは、その中にはいなかったらしい。
 今まで先輩の前で、普通にかっこよく告白することができた人たちがうらやましくてしょうがない。
 おれだって、いつもこんなにかっこ悪いわけじゃ……ない、はずだ、うん。

「篠塚くん、だったっけ?」
「え、う、うん」

 名前を確認されてうなずくと、先輩はおれとの間の距離をゆっくりと詰めた。
 先輩が一歩近づいてくるごとに、おれの胸の鼓動は忙しなくなっていく。
 バクバクと、心臓が破けてしまいそうなほどの音が、先輩にまで聞こえてしまっていないか心配になった。

「まずはお友だちから、よろしく」

 にっこり、と先輩は笑顔でおれに手を差し出してきた。
 それが、握手を求めているのだと気づくのに、ゆうに十秒以上かかってしまった。
 友だちから、って。それってつまり。
 望みがないわけじゃない、ってことか?
 勝手に、期待しちゃいますからね、先輩。

「よ、よろしくお願いします……!」

 先輩の小さな手を、おれは両手でぎゅっと握った。
 今日は手を洗えない、なんて思ったことは、かっこ悪いから先輩には内緒にしておく。


 めちゃくちゃ恥ずかしい言い間違いも、先輩と仲良くなるきっかけになったなら、結果オーライだよな!






「書き出し.me」にて書いたお話を大幅に加筆修正しました。元文はこちら。
書き出し:「ほんとぢゃお!」



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