「僕は君がしあわせでいてくれれば、それでいいんだ」
それは彼の口癖だ。
金の星を宿した闇色の瞳を細めて、慈愛に満ちた表情で、私に語って聞かせる。
いつもいつも、彼は私のことばかり。
私が生まれるその瞬間に偶然立ち会った彼は、私を守るために命を削ることを心に決めてしまった。
長い長い、気の遠くなるほど長い年月を生きてきた彼が。
百年も生きられないか弱い一人の人間のために、その身に宿る魔力を、命の源を使い続ける。
この国は、十年以上も前に滅び行くはずだった。
人間には防ぎようのない天災によって。
地殻変動で大地が沈み、海に飲み込まれる運命にあった国。
彼は今、たった一人で、この大地を支えている。
ここが、私の生まれ故郷だからという、ただそれだけの理由で。
魔力を必要以上に使うことは、命を縮めること。
それはもちろん身体にも負担をかける。
熱が下がらない日もある。節々がギシギシと痛む日もある。急に倒れる日だってある。
なのに彼は、なんてことないような顔をして、それを受け入れてしまう。
そうして、満足そうに笑ってみせる。
「もう、無理をしないで」
私は涙をこぼしながら、何十回目にもなる懇願をする。
この国は小さな島国ながら、豊かな地。彼一人の手に、何百万人の命がかかっている。
それでも、他にも手段はあるはずなんだ。
国が沈むことを周知させて、国民みんなで大陸に移り住めばいい。まだ未開拓の地はあるのだから。
もちろんそんな簡単なことではないだろうけれど、彼がすべて背負っている現状が間違っていることだけはわかる。
彼だけが犠牲になっていいわけがない。
そんなこと、私は許せない。
「君のしあわせを守ることができるのが、誇らしいんだ」
彼はそう、本当にうれしそうに笑う。
馬鹿じゃないの、と私は思う。
どうして、自分の命を軽く扱うの?
どうして、私なんかのためにそこまでしてしまうの?
どうして、どうしてそんな顔で笑えるの?
彼の笑顔を見ると、余計に涙が止まらなくなる。
そんな私に困ったように眉を垂れさせ、彼は手を伸ばしてきた。
あたたかな手が、そっと私の頬に触れる。
両手で包み込んで、涙をすくって、そうしてまぶたに口づけてくれる。
そのぬくもりは、彼が生きている証拠。
いつか、それが失われてしまう日が来ることを、私は何よりも恐れている。
彼は頑固で、馬鹿で、救いがたいほどに愚かだ。
私が何を言っても自分の意志を曲げようとはしない。
泣いても、怒鳴っても、すがりついても、ただ笑うだけ。
本当に愚かなのは、そんな彼のことが好きでたまらない私なのかもしれない。
好きすぎて悔しいくらいに、私は彼しか見えていない。
好きだから、誰よりも愛しているから、ほんの少しだって傷ついてほしくないのに。
私は私が大嫌いだ。彼の命を削る原因となっている、私のことが。
「あなたは私のしあわせを願ってばかり。少しは自分のしあわせも考えて」
「君のしあわせが僕のしあわせだよ」
ほんわりと、この世の幸福をすべて詰め込んだような笑顔で彼は言う。
心からそう思っていることは、その表情から見て取れる。
ああ、本当に馬鹿な人。
そして、愛しい人。
神さまどうかお願いです。
彼にこれ以上、私のために命を削らせないでください。
いるのかもわからない神にだって、毎日のように祈っている。
私にできることなら、なんでもするから。
どうか、彼を助けてください。