薔薇のおとない

 魔界といっても、そこはおどろおどろしい雰囲気の、不気味で薄暗くて恐ろしい場所、というわけではないみたいだ。

 魔界の住人となって、かれこれ何年が経つのだろう。
 たったの数日しかいないような気もするけれど、実際はもっと経っている。生活に慣れるまでずいぶんとかかってしまったから、時間の感覚が不明確になっているのかもしれない。
 わたしの主であるユエル様が、時間に対してゆるいところがあるから、その影響もある……と思う。
「出かけるから、支度をしなさい、ミズカ」
 主であるユエル様がわたしにそう言ったのは、ほんの小一時間前のこと。
 突然のことだったけれど、ユエル様の気紛れには慣れていたから、頷いて、すぐさま外出の支度をした。
 めずらしく徒歩で行くという。
 歩きながら、ユエル様にどこへ行くのかと尋ねた。そもそもユエル様が街へ出ること自体が珍しい。
 ユエル様は知人のところだと、短く答えた。
「急に訪ねていって、大丈夫ですか?」
「先触れはだしておいた。おそらく昼過ぎには着くだろうと」
 明確に、何時に伺う、といった約束をユエル様はしない人だ。気分のままに行動することが多い。最初はそれに振り回されたりもしたけれど、今ではだいぶん慣れてきた。
 ユエル様は気紛れな性格ではあるけれど、我儘が過ぎる、ということはない……と思う。
 高位の吸血鬼、という身分から、多少は傲慢になるところもあるけれど。
 そう、……ユエル様は「吸血鬼」なのだ。
 この魔界において、「竜族」に次ぐ高い魔力を持った種族。寿命も魔力の高さに比例して長い。
 ユエル様は「時間」に急かされたり縛られたりするのを好まない。
 たとえば、ユエル様の住まいであるお屋敷……お城といっていいほどの大邸宅には、時計というものがない。お屋敷で働いている小間使い達は時計を持って仕事をしているようだけど、主であるユエル様の目の届くところに、時計はない。そしてカレンダーも無かった。魔界にも暦はあるけれど、ユエル様に「時間」や「暦」は存在しないみたいだ。
 そういえば、ユエル様は出逢った頃からちっとも変わらない。白磁の美肌には一点の曇りも落ちず、きらきらしい美貌は磨かれた貴石のように艶めきを保ったままでいる。すらりとした痩躯も、優雅な所作も、少しだけ憂鬱そうな声音も、この数年の間、変わることがない。銀の髪が若干伸びたくらいだろうか。
 時を止めたみたいだ。
 そして、それは吸血鬼であるユエル様と「契約」を結んだわたしの身の上にも影響している。わたしの身にかかる時の流れがひどくゆっくりとしたものになったのだ。
 だから、時間の感覚が希薄になったとしても、しょうがないと思う。

 わたしはあたりを見回しながらユエル様の後について歩いた。
 街にくるのは、これが初めてではないけれど、こうして徒歩でくるのは、ずいぶんと久しぶりだ。
 ごく普通の、賑わいのある商店街。人界と、そんなに変わらない気がする。喫茶店のようなお店もあり、宝飾品店や衣服店もある。
 物珍しくてきょろきょろしていたものだから、何度か躓いて、よろけたりユエル様の背中にぶつかったりしてしまった。
「ミズカ、周りを見るなとは言わないが、私から離れないように」
「は、はいっ、すみません」
 わたしの一歩前を歩くユエル様は、わたしをそうして窘めつつも、歩調を緩めてくれて、わたしが転びそうになれば手を差し伸べ、支えてくれた。
 ユエル様の手はいつもひんやりと冷たいのだけど、冷たすぎることは無く、のぼせてるわたしにはちょうどよい温度だった。
「ユエル様、あの、お会いするのは、もしかして同族の方ですか?」
 その質問をしたのは、目的地であるお屋敷の前に着いてからだった。
 これもはた、お屋敷というよりはお城といっていい邸宅で、ユエル様の邸宅より、もっと大きかった。門には虹色の蔓薔薇が咲き誇っていた。
「そう、古くからの知人だ。会うのは、久しいが」
「そうなんですか。……わっ、あ、門が」
 手も掛けないのに、大きな門がひとりでに開いた。つややかな色の薔薇もさわさわと揺れている。
 ユエル様の大邸宅の庭にも、薔薇はたくさん植わっているけれど、このお屋敷にも薔薇が溢れているようだ。とっても甘い香りがする。薔薇だけではないようで、門から玄関へ至る長い路の端にも、様々な花が植えられていた。どれも珍しい花ばかりで、人界にはなさそうな色形で、わたしの目を存分に楽しませてくれた。
「さっきからそうして首を振ってばかりで、疲れない、ミズカ?」
「い、いえ、全然! 楽しいですからっ」
「そう? まぁ、ミズカがそう言うのならいいけれどね」
 ユエル様は可笑しげにくすくすと笑う。とても和んだ微笑で、これから会う人との関係が、それでなんとなく掴める気がした。

「ようこそおいでくださいました、ユエル様!」
 立派なお屋敷……居城に入る前に、お城の「主人」と思しき人があらわれ、歓迎してくれた。
 ユエル様よりもっと儚げな、青年と少年の間といった風の人だ。ユエル様と同族の吸血鬼、とのこと。黒髪と、赤薔薇のような瞳がことに印象的な人だ。
「わざわざご足労いただいて……仰っていただければお迎えに上がったのに」
「いや、たまには散歩がてら歩いてくるのもいいだろうと思って。ああ、紹介しよう、ミズカ。こちらは、この城の主、ハルウだ」
「初めまして、ミズカと申します」
 名乗ってから、ぺこりとお辞儀をした。
「初めまして。ユエル様から話は窺っていました。お会いできて嬉しいです」
 ユエル様とはまた違ったタイプだ。おっとりとして、少年のような儚さを感じる。わたしと同じ年齢くらいに見えるけれど、実際はおいくつでいらっしゃるんだろう。十代後半の見た目でも、本当は百歳近いのかもしれない。ユエル様も、二十代半ばの見た目だけど、実年齢は、その何倍もある。「何歳なのかいちいち憶えていない」とユエル様は言う。そのくらいに長く歳を重ねていけるのが「吸血鬼」なのだ。ハルウ様も、きっとそうなんだろう。

 簡単な挨拶を済ませてから、わたしとユエル様はお城の中の客間に通された。そこで、一人の女性と対面することとなった。「こんにちは」と、その人は鷹揚に微笑んだ。両腕に薔薇の花を抱えている。色とりどりの薔薇。赤い薔薇が多い。
「ミンメイ、話していたお二人だよ。ユエル様と、ミズカさん」
「初めまして、ミンメイと言います」
 ミンメイと名乗った彼女は、やっぱりわたしと同じくらいの年齢だ。
 とってもとってもきれいな、ユエル様と似た緑色の瞳をしてる。
 ミンメイさんは花瓶に薔薇をいけ、それから「お茶の支度をしてきますね」と言って、一旦退室した。
「なるほど。ミズカに会わせたかったのは、彼女か」
「はい。本当なら俺の方からユエル様の所に赴くのが筋なんですが……」
「構わない。私の方がこちらに来たいと言ったのだから。ミズカも、屋敷に籠ったままで退屈そうだったしね。庭の探索も、飽きてきた頃だったろう?」
 唐突に話をふられて、わたしは一瞬返事に困ってしまった。「はあ」とか「ええ」とか、曖昧に頷いて、それがなぜなのか、ユエル様の笑みを誘ってしまったようだ。
「ミズカは、おとなしいわりに、存外好奇心が旺盛だ。近い年頃の娘がいれば、退屈せずに済むだろう」
「ああ、それでミンメイを? それなら、ミンメイもきっと喜ぶ。退屈は……していないようだけど……こればかりは俺にも分からないから」
 つまりユエル様は、わたしのためにわざわざここまで出向いてくださった、ということ? だとしたら、とても嬉しいし、同時にちょっと恐縮してしまう。
 そういえば、ミンメイさんは吸血鬼なのだろうか? なんとなく、そうじゃない気がしたけれど。人間と魔族では、まとっている雰囲気が違う。それをはっきり区別できるチカラはわたしにはないけれど、なんとなくなら、感じられる。
 ハルウ様に尋ねてみると、ミンメイさんは人間の女の子だという返答だった。ハルウ様がこの魔界に招いたのだと。ユエル様がわたしを魔界に連れてきたのとは、少し違う方法だったようだけど。
「ミンメイと、まだ契約は?」
 ふいに、ユエル様が尋ねた。ハルウ様の白い頬にさっと赤みがさした。困惑したような、照れているような、なんとも複雑な表情をして、首を横に振った。
「そ、そのこともあって、俺も、ユエル様とお話をしたかったんです」
「なるほど。しかし、私の話も、参考にはならないだろう。この点に関して、私も偉そうなことは言えないからね」
 珍しい。ユエル様がご謙遜をなさっているなんて。
 いえ、謙遜では……ないような。
 ユエル様が白皙に浮かべた自嘲気味の微笑に、ハルウ様は共感を覚えたような顔をして、小さく頷いた。
 暫時、立ち話を続けていたのだけど、ミンメイさんがお茶のセットをカートに乗せて戻ってきて、ひとまず、テーブルにつくことにした。ハルウ様が場を取り仕切り、ミンメイさん手ずからお茶を淹れてくれた。
 その後、ミンメイさんも席に着いて、なごやかなティータイムを過ごした。


 ティータイムの後、ユエル様とハルウ様に促され、わたしとミンメイさんは庭園に出ることにした。ミンメイさんが庭の手入れもしているらしい。
 ミンメイさんは庭を案内してくれた。広い庭で、慣れないと迷子になってしまいそう。けれど、とてもきれいに造園してあって、花もいきいきつやつやしている。なかには、けばけばしい色の大花もあって、そこだけが異様な風景になっている所もあった。そういう花も、ミンメイさんは大事にしているらしい。魔界の花を、人界の花と同じように愛でている。
「魔界の花って、色がすごく豊富ですよね」
「勝手にうろつく植物もあるって聞きました。ここには、ないんですか?」
「ないみたい。見てみたいなと思うんだけど、ハルウ様もひきこもりで。なかなかお城から出ることってないから」
「ユエル様と似てますね。ユエル様は、ほっておくと一日眠ったままだったりするんですよ……困ってしまうくらい出無精で」
 そんな他愛のない話をしながら、庭園を歩いた。
「ハルウ様の瞳って、この深紅の薔薇の色みたいですね」
 ふと、思ったことをそのまま声にしていた。生垣にされている赤薔薇の花弁を指でつつき、改めてその花弁の色を見つめる。濃い緑の葉に囲まれて気高く咲く薔薇からは、甘い芳香がした。
 出逢った瞬間に、惹きこまれた紅の色。ハルウ様の双眸は、薔薇そのもののような美しさだ。ユエル様の深緑色の瞳とはちがう神秘性があった。
「……こわい、ですか?」
 不安げな声で、ミンメイさんが尋ねてきた。わたしはすぐに首を左右に振る。
「こわいなんて! そんなことは、ちっとも! あ、でも、綺麗すぎると、その綺麗さが怖いっていうのは、あるかも……。ユエル様の美貌も、ときどき見ていると心臓が破裂しそうになるくらいだから」
「よかった。ハルウ様、けっこう気にしてらっしゃるから。綺麗すぎて怖いって言うのは、とっても分かります」
 にこにこと、ミンメイさんは嬉しそうに笑った。
 ミンメイさんの笑顔って、人懐っこくてふんわりしてて、微笑みかけられると、つられてこちらも笑顔になってしまう。ハルウ様も、同じように感じているのじゃないかしら。とても優しげな目をしてミンメイさんを見つめていたから。すこしだけ、不安げな色もそのまなざしにはあったけれど。
「ミズカさんって、不思議ですね」
「え? わたしがですか?」
「ユエル様もですけど。ハルウ様も美形だなぁって初めて見た時はすごく驚いたんだけど、ユエル様は……もっとこう……迫力があるというか……。あ、そういえば、吸血鬼ではないんだけど、知っている人に、少しだけ、雰囲気が似ている……かも。艶めいているというのかしら」
「それってもしかしてオレのこと?」
 ミンメイさんの語尾に言葉を重ね、突然一人の青年が姿を現した。いったいどこから来たのか、ほんとうに突然の出現だった。わたしはびっくりして、目の前の青年を凝視する。ユエル様と同じくらいの身長だろうか。青年の水色の双眸がわたしを見つめ返して、ニッと笑う。
「やあ、ミンメイ。久しぶり……ってこともねぇか。こっちは、見かけない顔だけど?」
「え、ええ。お客様です。ハルウ様の……」
 突然現れた青年は、どうやらミンメイさんの顔見知りらしい。そして、もしかしていま話題に出ていた人……? ユエル様に少し似ているという? 容姿はまったく似ていないけれど、醸し出す艶めいた雰囲気は、たしかにほんのすこし、似ているかもしれない。艶美で官能的というのか……。アケヒさんの朱色の髪が、陽にあたって金色に光る。眩しくて思わず目を細めた。
「ああ、そういやダンナ、何やら取り込んでる風だったな。あの客人の連れ?」
「そうです。ミズカさん、こちらハルウ様のご友人のアケヒさんです」
「は、はじめまして」
「律儀なとこ、ミンメイと似てんなぁ」
 ハハハッと、アケヒさんは笑った。それから片手を差し出す。握手を求められ、わたしも手を差し出した。
 その時だった。
「ミズカに触れるな、淫魔」
 ぴしゃりと鋭い声が背後からした。
 気配もなく、いつの間にかわたしの後ろに来ていたユエル様が、険しい顔をしてわたしの目の前の青年を睨みつけている。
 アケヒさんは別に不快な顔をするでも怖じけた顔をするでもなく、ちょっとおどけたように肩を竦めて、手をひっこめた。
「ユ、ユエル様」
 一瞬、空気が緊迫した。
 けれど、それはすぐに緩和された。アケヒさんが、「やーれやれ」とおどけた声を発したのだ。
「どっちのダンナも、臆病こったな。ま、ここは言葉に従うが。いくらオレでも、初対面の、しかも契約済の人間の女の子に魔力を使ったりしないぜ?」
「……淫魔、貴様、相当な力の持ち主だろう? 抑えていても分かる」
 ユエル様の手がわたしの肩に置かれた。わたしの真後ろに立ち、そこからアケヒさんをきつく睨みつけている。
 ユエル様の口調は低く鋭いけれど、アケヒさんを嫌悪しているような声音ではないように感じられた。
「淫魔は夢を操る。記憶をも。それほどの力だ。ミズカにはまだ触れずにいてもらいたい」
「オレが触ったくらいじゃ解けないと思うが」
「一見してそれと分かるくらいに、貴様の力は強い。ハルウの友人に淫魔がいるとは聞いていたが。アケヒといったか」
「そう。ダンナのことは、知ってるぜ? ここのダンナもだが、あんたも有名だからな」
「ハルウ程ではないだろう。私ははぐれ者だ。地味に、おとなしく、目立たぬよう過ごしている」
「自己申告ほど当てにならないものはないね」
 アケヒさんは口の端をあげてにやりと笑う。ユエル様を相手に、不敵とも言える態度で接せられるアケヒさんって、何気にすごい。まったく臆さず、けれどもそうした態度に嫌味がなく、ユエル様も腹を立てる気配がない。ユエル様は、誰に対しても権高な態度だから、こんな時いつもどきどきしてしまう。
「それはそれとして、よければ、彼女の記憶の封を、強めてやろうか? 良いことだとはいえないが。それほど心配なら」
「いや、申し出はありがたいが、やめておこう」
「よっぽど大事なんだな。気持ちは分からねぇでもないが。とくにここのダンナは、つがいの契約すらまだだ。過保護もたいがいにした方がいいぜ?」
「それこそ大きなお世話だな。が、ハルウに関しては同意だ。あれは、過保護というレベルじゃないだろう」
「たしかにな。それにダンナはこっちのダンナと違って、つがいの契約は済んでるようだし?」
 わたしはユエル様とアケヒさんとを忙しなく見やり、それはミンメイさんも同様だった。険悪な雰囲気になってしまうのではと、ひどくはらはらした様子で、口を挟もうにも挟めないでいた。
 けど、このまま黙っているのも落ち着かず、声を絞り出した。
「ユエル様、あの」
 それにしても、ユエル様とアケヒさんの話が、気にかかった。
 わたしに触れるとか解けるとか、なんのことなんだろう? それに「つがいの契約」って、なんだろう? たしかに「吸血」されるための「契約」はしたけれど、それのことなんだろうか?
 それを訊きたかったのだけど、とても訊けそうにない。なんだろう。訊いてはいけないような気がした。
「ユエル様!」
 こんどは、少し離れた所から声がかかった。ハルウ様だ。駆けてくる足音がする。ミンメイさんはほっと安堵のため息をもらした。
 やがてわたし達のもとにハルウ様はやってきた。
「アケヒも、来ていたのか」
「邪魔してるぜ、ダンナ」
 アケヒさんは親しげに笑う。ハルウ様は何か言いたげな様子だったけれど、ため息を吐いただけにとどめて、わたしとユエル様の方に目を向け直した。
「夕食の準備が整ったので、どうぞ、いらしてください。それと、今夜はお泊まりになっていってください。部屋は、もう用意していますから」
「そうしてくれたら、わたしも嬉しいです、ユエル様、ミズカさん。お二人と、まだいろんなことお話したいですし」
 ミンメイさんにも是非にと勧められ、わたしとユエル様は、お二人の言葉に甘えることにした。
「男は男同士、女の子は女の子同士、夜を徹して語り合うってのも、たまにはいいんじゃねぇの?」
 アケヒさんの提案も、とっても魅力的だった。
 わたしはミンメイさんと顔を見合わせ、微笑みを交わした。


 翌日、ユエル様の邸宅に戻ったのは午後になってからだった。
 ハルウ様とミンメイさんは、長逗留してもらっても構わないとすらいってくれたのだけど、ともあれまずは一度帰らなければと、ハルウ様のお城を後にした。
「ユエル様、今度はこちらにハルウ様とミンメイさん、それとアケヒさんをお招きしましょう」
「そうだな。……アケヒもか?」
「いけませんか?」
 ちょっと心配になった。アケヒさんのこと、ユエル様はなぜなのか警戒している。嫌っているという風ではまったくないのだけど。
「いや、構わないが。あちらの都合次第だ。ああ、そういえば、アリア達が近々来るようだ。連絡があった」
「イスラさんとイレクくんも一緒なんでしょうか」
「おそらくは。イスラは来なくてもいいと伝言しておいたが」
「ユエル様、もうっ、またそんなこと。わたしはイスラさんにも会いたいです」
「…………」
 ユエル様はちょっぴり不機嫌そうにため息をつく。イスラさんの名を出すと、ユエル様は決まって不愉快そうな顔をする。だけど、本心ではイスラさんを嫌ってなんかないって、わたしはちゃんと分かっている。イスラさんだって、ユエル様の大切な友人の一人なのだ。
 ユエル様の古くからの友人であるお三方とも、ここ数ヶ月、お会いしていない。
 もちろんお三方とも吸血鬼だ。
 アリアさんやイスラさん、そしてイレクくんから、わたしはいろんなことを教えてもらっている。吸血鬼と契約した者として生きていく術や、何よりもユエル様のことを。
 もっともっと、知りたいのだ。
 わたし自身のことも含めて。幼い頃の記憶がほとんどなく、わたしはわたしが何者であるのか、分からないままでいる。ユエル様から多少は聞かされているけれど、記憶に封をされているみたいに、思いだすことができない。
 根なし草みたいな不安な気持ちが、わたしに好奇心を起させるのだと思う。
 そういえば、ミンメイさんも似たようなことを言っていた。二人きりで夜通し語った時に。
「ハルウ様のこと、もっともっと知りたい。知れば知るほど、もっと知りたいって思っちゃうの」
 はにかんだ笑みを見せて、ミンメイさんはそう言った。
 わたしも、同じだ。
 ユエル様のこと、もっともっと知りたい。わたし自身よりも大切な方だから。
「アリアさん達がこちらにいらっしゃる時に、ハルウ様達もお招きしましょう。ね、ユエル様?」
「…………騒々しくなりそうだな」
 婉曲に、ユエル様は了承してくれた。
「ありがとうございます、ユエル様」


 魔界といっても、人界とそんなには変わりない……ように思う。
 それは魔族である、ユエル様やハルウ様、アケヒさんも同じで。
 いろんなことを思う心があって、微笑み合ったり、時にちょっぴり諍いあったり、いろんな感情を持って、生きている。
 そしてわたしはこれからも魔界で生きていくのだ。
 ――ユエル様の傍で。






 なんと、なんと、コラボですよ奥さん!!
 るうあさん宅の「薔薇のまねごと」と、当サイトの「わたしの主は、吸血鬼」のコラボ作品です!
 るうあさん宅のキャラが、魔界にいたらどうなるんだろう、というパラレル話。
 吸血鬼同士とか、女の子同士とか、仲良さそうでいいなぁ! しあわせ世界ですね!
 「ミズカに触れるな、淫魔」が格好良すぎて、きゃーって悲鳴あげちゃいましたよ!
 私も、連載とか一段落ついたら、コラボ書きたいな……! この男性側サイドが書きたくてしょうがありません。
 門のところの虹色の薔薇とか、公式(?)設定にしてもいいですかね?(笑)

 るうあさん、コラボ作品を書いてくださって本当にありがとうございます!



るうあさんのサイトはこちら → 真夜中の箱庭
宝物トップへ