ホットケーキは涙の味がしました

 こんにちは、チョコレート。こんにちは、バレンタイン特集レシピ本。こんにちは、あんまり使ったことない調理器具たち。
 私、近藤奈月に力を貸してください!

 パンッと手を合わせて、材料と本と調理器具を拝む。
 バカみたいだってわかってるけど、それくらい本気で、必死なんだ。
 片思い歴、もう八年にもなる。
 今年こそは、今年こそはっ!
 ヤツにバレンタインチョコレートを渡してみせる!!

「何やってんだ、お前」

 かけられた声にハッとして、私は目を開けて勢いよく振り返る。
 そこにいたのは、他でもない私の片思い相手。
 お兄ちゃんの友だちの、古川遼平だった。

「なっ! なななっな、なっなっ!?」
「日本語になってねぇよ」
「なんでここにいんのよ!?」

 不測の事態に対処しきれず、私は声の限りに叫んだ。
 なんで? なんで?
 どうして遼平が私の家のキッチンにいるの!?
 たしかに、たまに事前連絡もなく家に遊びに来ることあったけど、何も今日来なくったっていいじゃない!
 タイミング最悪すぎる!

「直弥に貸したCD、家に忘れたって言うから、取りに来た」

 遼平は持っていたCDを軽く振ってみせた。
 そういえば、さっき学校から帰ってきたとき、玄関にCDが置いてあって、なんでだろうって不思議に思ったっけ。
 お兄ちゃんが朝に家を出るとき、そこに置いたまま持って行き忘れたんだろう。
 理由を知ったからって、衝撃がなくなるわけでもないんだけど。
 というか、遼平がいるのにお兄ちゃんの姿が見えないのが不思議でしょうがない。

「お兄ちゃんは!?」
「カラオケ。俺もこれから合流」

 なるほど、納得。納得はしたけどね!
 お兄ちゃん……借りたものを返すなら、もうちょっと誠意を見せようよ……。
 貸してくれた人に取りに来させて、自分はカラオケで遊んでるなんて、普通に考えておかしいでしょ。
 ほえほえしているお兄ちゃんは、抜けているところもけっこうあって。
 だから忘れ物をしたのとかはすごく納得できるんだけど。
 そんな性格なのに、なんだか憎めないから正直うらやましい。
 ……別に、遼平と仲がいいからうらやましいって意味じゃないんだからね!

「じゃ、じゃあ、さっさと行けば!」

 しっしっ、と私は追い払うように手を振る。
 目的のものはゲットしたんだから、これ以上ここにいる理由なんてないはずだ。
 私はこれからチョコレート作りという、高尚な儀式を行うんだから!
 贈る相手に居座られてたら、なんにもできないじゃないか!

「バレンタイン?」

 キッチン台の上に並べられた材料をちらりと見て、遼平は尋ねてくる。
 ぐっ……そりゃあ、そうだよね、バレるよね。バレンタインは明日だしね。
 でも、できれば聞いてほしくなかったな!

「そそそそんなんじゃないしっ!」
「ふうん?」

 あわてて否定するけど、遼平は意地悪そうに笑うだけ。
 くそう、絶対にバレてる。
 すごいムカつく顔しやがって!

「俺にはくれないの?」

 材料の板チョコを手に取って、あろうことかそんなことを言い出した。
 願ってもないチャンスだ!
 欲しそうにしてたから、しょうがなくあげるだけ。
 そんな理由をつけることができる。
 甘い本音を、甘い嘘でコーティングして、食べてもらうことができる。
 今はまだ、告白とかはするつもりないし。
 とにかくチョコを渡せればいいだけなんだから、ここであげるって言えば!

「あんたにあげるチョコなんかない!」

 ばかああああああ!!!
 私の口は、とってもとっても天の邪鬼だ。
 自分でも不思議なくらい、言いたい言葉はと真逆の言葉が飛び出してくる。
 いつもいつも、そうやって好きな相手にケンカ売っちゃって。
 こんな調子なもんだから、今まで一度もバレンタインチョコを渡せずにいたんだ。

「……あっそ、俺も別にお前の作ったチョコなんか食べたくないし」

 眉間にしわを寄せて、遼平は低い声を出す。
 こんなものいらないとばかりに、板チョコを私に向かって放る。
 ああああ、怒ってる怒ってる。
 そりゃあ怒るよね、なんだかんだでかわいがってる友だちの妹にこんなこと言われたら。
 怖い、怖い、すごく怖い。
 今度こそ嫌われちゃったかもしれないって、胸がバクバク言ってる。
 なんでうまくいかないんだろうって、泣けてきそうだ。

「むっかー! 明日チョコ食い過ぎて鼻血出して死ねっ!」
「人間鼻血くらいじゃ死にませんー」

 心中とは別に、私は憎まれ口を叩いて、べーっと舌を出した。
 遼平も負けじと言い返してくる。
 ああもう、これじゃあ幼稚園児のケンカだ。
 ほんと、進歩ないなぁ、私……。

「……もう、いい」

 遼平はチッと舌打ちして、私に背中を向ける。
 そのまま足音を立てて、玄関まで行ってしまう。
 顔が見えなくても、その背中が怒っていることはわかりきっていて。
 私が何も声をかけられずにいたら、遼平は一度も振り返ることなく、玄関から出て行ってしまった。
 ドアの閉められた音が、ことさらに響いた。

「……私のバカ……」

 私はガクリとその場にひざをついてうなだれた。
 バレンタイン、今年も、大失敗……。


 結局、チョコレートは溶かしてホットケーキにかけて食べました。
 甘くておいしかったけど、ちょっぴり塩辛く感じたのは、なんでだろうね。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 カラオケ店にて。
 遼平から一通りの話を聞いた僕は、はぁ……と大げさにため息をつく。
 どうしてこう、二人とも不器用なんだろうか。

「なんで君はそう子どもみたいに言い返しちゃうの、遼平。せっかく僕が協力してあげたのに」

 そう、玄関にCDを置き忘れていったのも、遼平を一人で家に行かせたのも。
 全部、チョコを作ろうとしているだろう妹とはち合わせるためだった。
 妹のことだから、どうせ今年も当日になったら怖じ気づいて渡せなくなる。
 だから、作る前に会わせて、やる気を注入させようとしたのに。
 どうして真逆のことをしてくるんだろうか、この男は。
 この調子だと、きっと今年もバレンタインチョコは贈られないだろう。

「だって、あんなこと言われたらムカッと来るだろ」
「あのねぇ、奈月の天の邪鬼な性格は知ってるでしょ? それでも好きなんでしょ? なら、四つも年上なんだから、君が大人にならなくちゃ」
「そうなんだけどさ……あーもう、うまくいかねぇな」

 遼平は不機嫌を絵に描いたような表情で、ガシガシと頭を掻く。
 うまくいかないのは君の短気さも理由の一つだと思うよ。と正直に言ってあげるべきか、友だちとしては少し悩むところだ。

「がんばってよ。君たち両思いなんだからさ」
「そんな気がしないんだよなぁ……」

 遼平は悩ましいため息をつく。
 その様子は男の僕でも格好いいと思うくらいなのに、中身はただのガキでヘタレだ。

「いや、見てればわかるし。バレバレだし」

 こいつも相当だけど、妹はさらにわかりやすい。
 知らぬは本人ばかりなりとはこのことだ。
 ガキでヘタレで、その上に鈍感でもあるなんて、もう救いようがないんじゃないだろうか。
 妹もなんでこんなのがいいのかな。
 友だちとしてはいいやつだって知ってるけど、彼氏にするには甲斐性が足りなさそうなのに。


 まあ、かわいい妹と大切な友だちだから、応援するけどね。
 二人とも、ケンカにならないようにもうちょっとがんばろうか、と僕は思うのだった。






「フリーワンライ企画」7/19参加作品を加筆修正しました。
使用お題:こんにちは、チョコレート・甘い本音と甘い嘘・ホットケーキ



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