朝、ハルウを起こしにやってきたミンメイは、彼の手によってベッドに引きずり込まれた。
使用人用の服がしわになってしまう、ととっさに浮かんだ懸念は、すぐに頭から抜けていった。
ぎゅっと強い力で抱きしめられて、鼓動が早鐘を打ち始める。
「すまない、ミンメイ」
ミンメイの肩に顔をうずめたハルウが、小さな声でそう言った。
ハルウは何かあるとすぐに謝る。
謝る必要がないようなことであっても。
ミンメイにとって喜びしか生まないようなことですら。
「もう少し……このままで」
すがるようにミンメイを抱く腕は、かすかに震えている。
怖い夢でも見たのか、ただ甘えたい気分なだけなのか。
わからないけれど、他の誰でもなく自分を頼ってくれることが素直にうれしいと思った。
ミンメイよりもずっと年上で、遥かに強いこの人が、弱さも傷もすべてさらけ出してくれる。
そのことに、たまらなく愛しさが込み上げてくる。
「わたしはここにいますよ、ハルウさま。
ずっとお傍にいさせてください」
ハルウの背に腕を回して、ミンメイはささやきかける。
小動物のように臆病な彼を怯えさせないよう、優しい声で。
ミンメイの肩にうずめられた顔は見えない。
泣いていなければいいと思いながらも、泣くのなら自分の前でだけにしてほしいとも思う。
けれど、そんなわがままは口には出さない。
充分に……充分すぎるほどに、ハルウはミンメイを想ってくれているから。
しばらくその体勢でいると、ハルウの震えが収まった。
ゆっくりと吐き出された小さなため息が耳に届く。
もう大丈夫だろうか、と身体を離そうとするが、ハルウは甘えるように身をすり寄せてくる。
今日のハルウは、少々甘えたがりのようだ。
ミンメイは苦笑をこぼして、彼が満足するまで身を任せることにした。
「……ありがとう、ミンメイ。
俺は貴女に、情けない姿を見せてばかりだな」
密着しているゆえに、身体に直接響いてくる声。
どこか照れを含んだそれに、ミンメイはくすくすと笑みをもらす。
「どんなに情けないハルウさまでも、わたしは好きですよ」
ぽんぽん、とあやすように背中を叩きながら告げる。
ミンメイを抱く腕の力が少しだけ強まった。
ハルウに甘えられるのは好きだ。
それだけ、必要とされているのだと思えるから。
「っ!? ハルウさま……!」
唐突に首筋に感じたやわらかな感触に、ミンメイは驚きの声を上げる。
本当に軽くだけれど、首にキスをされたのだと、数瞬ほど遅れて理解した。
「ミンメイからは、甘くて優しい匂いがする」
ちゅ、ちゅ、と唇が首筋を上へとたどるように何度も押し当てられる。
そのたびに、くすぐったさと妙な感覚に肩が跳ねる。
身をよじってもハルウは抱きしめる力をゆるめてはくれない。
こうされているのが嫌というわけではなく、本気で逃げたいとも思っていないのだけれど。
「っ、それは、血の匂いでは?」
「いや、違う。ミンメイ自身の匂いだ」
吸血鬼なのだから、と発言してみても、すかさず否定される。
唇が首筋から耳へと移っていく。
耳にかかる息が、熱を持っているような気がして、無性に恥ずかしくなってくる。
胸の裏からドンドンと力いっぱいノックされているように、心音が鳴り響く。
耳のいいハルウには、きっと聞こえてしまっているだろう。
「貴女の匂いが、貴女の言葉が、貴女の声が。貴女の笑顔や貴女の涙が。
貴女のすべてが、俺を魅了してやまない」
ちゅ、とミンメイの目尻にキスを落とし、ハルウは視線を交わらせた。
赤バラの色の瞳が、煮詰めたジャムのように甘くとろけている。
どこまでも吸い込まれていってしまいそうな、きれいな瞳。
他のことなんて一切考えられないほどに、ハルウしか見えなくなった。
彼さえいれば、それでいい。
あとは何もいらない。
そんなふうに自分が思う日が来るなんて、魔界に落ちる前は考えてもみなかった。
これは、愛だろうか。それとも狂気だろうか。
すでに自分はおかしくなってしまっているんだろうか。
おかしくなりたい、のかもしれない。
ハルウとなら、それもしあわせだろう、と思うのだ。
「好きです、ハルウさま」
想いがそのまま、口からこぼれ落ちた。
言わずにはいられなかった。
好きだと、愛しいと、その瞳が告げてくれているから。
ミンメイも、同じだけの想いを返したくなる。
「ああ、俺も。
……愛している」
目元を赤らめながら、甘やかな声で、ハルウは愛の言葉を紡ぐ。
彼の愛情で、爪の先まで満たされていく。
幸福感で、胸がいっぱいになる。
臆病で、もろくて、優しい吸血鬼。
誰よりもミンメイを愛し、必要としてくれる人。
いつか、愛しい彼に、ミンメイの持つすべてをあげたい、と思った。
・診断メーカー
『じれったいお題ったー』
今日のハルウとミンメイのお題は、『わがまま、言えない』『おかしくなりたい』『全部、あげたい』です。