「ハルウさま、どうぞ」
にこにこと朗らかな笑顔で、ミンメイはハルウにバラの花束を手渡してきた。
庭師の手伝いもしているミンメイから、きれいに咲いたバラを贈られるのはそうめずらしいことでもない。
「きれいだな。ありがとう」
花束を受け取り、礼を告げる。
赤を基調としたバラの花束は、華やかながら落ち着きもあり、趣味がいい。
庭師に束ねてもらったのか、ミンメイ自身で花束にしたのかはわからないが、素直にきれいだと思った。
「今日はチョコレートケーキを作ったので、全部一人で食べてくださいね」
「……ケーキを、一人で?」
「はい。十二センチですから、大丈夫です!」
ぐっと握りこぶしを作って、ミンメイは言った。
その顔には輝かんばかりの笑みがたたえられている。
「……そうか」
そんなキラキラとした瞳で見つめられてしまえば、何も言い返すことはできない。
甘いものは嫌いではないし、少し多くても食べられなくはないだろう。
十二センチホールのケーキが、少し多いという程度なのかは考えないことにする。
念のため、夕食は控えめにしておいたほうがいいかもしれない。
「あと、その花束、カードつきなので、あとで見てくださいね」
ミンメイはそう言い残して、さっさと去って行ってしまった。
夕暮れ時という時間的に、これから厨房を手伝いに行くのだろう。
花束に視線を落としてみても、カードは見あたらない。包み紙に隠れているのだろうが、あとでと言われた以上、ここで見るのは微妙だろう。
とりあえず、部屋に戻ってもらった花束を生けることにした。
部屋にあった花瓶に、バラを飾る。
飾ったときのことを考えて花束にしてあったのか、葉や茎を整えなくとも、そのまま花瓶に収まった。
置き場所に少し迷ったが、寝室のベッド脇のチェストの上に置くことにした。
これならよく眠れるだろうし、心地いい朝を迎えられそうだ。
包み紙とリボンも丁寧にたたんでしまっておく。どれもミンメイにもらったものだと思えば、捨てられるわけがない。
こうして、ハルウの手元には宝物が増えていく。
ミンメイから贈られる幸福で、ハルウの心はどんどん豊かになっていく。
知らず、笑みがこぼれた。
「もらってばかりだな、俺は」
つぶやきは、誰にも聞かれることなく消えていく。
自分にも何か返すことができたらいい。
ミンメイは、ハルウが居場所をくれたと言ってくれるけれど。
ハルウに居場所をくれたのも、他でもないミンメイなのだから。
そんなハルウにできることと言えば、少しでも居心地のいい居場所であり続けることくらいだろうか。
そんなことを考えながら応接室に戻り、テーブルの上に置いてあった二つ折りのカードを手に取る。
包み紙に隠されていたカードは、ミンメイがあとで見てほしいと言っていたもので間違いないだろう。
何が書かれているのだろうか。
期待に胸を高鳴らせながら、ハルウはそれを開いた。
『ハッピーバレンタイン! 愛しています、ハルウさま』
心臓が止まるかと思った。
実際、息は数秒ほど止まった。それほどの衝撃だった。
心臓の音がうるさい。呼吸が乱れる。全身が燃えるように熱い。
ミンメイは好意を隠さない。いつも向けられる笑みは、無条件の愛情を宿している。
想いが通じ合ってから、不安に思うことはあれど、彼女の好意を疑ったことなどない。
大好き、と言われたことは何度かあった。
けれど……愛している、というのは、初めてだ。
気づいたらハルウは部屋を飛び出していた。
走って、走って、こんなに身体を動かすのは初めてかもしれないというほどに走って。
屋敷内なら魔力を使えば一瞬で移動できることに思い至ったのは、厨房でミンメイの姿を見つけてからだった。
「ミンメイ!」
何を言うでもなく、ただ名を呼んだ。
走ってきたハルウに驚いた顔を見せ、それでもすぐに笑みを見せてくれたミンメイを、たまらず掻き抱く。
「カード、見ました?」
「ああ。そ、その……俺も……」
呼吸音にまぎれてしまいそうなほど小さな声で、愛してる、とミンメイの耳元でささやいた。
「ふふふ、なんだか照れますね」
笑い声をもらすミンメイに、ハルウは抱きしめていた腕の力をゆるめる。
彼女の顔を覗き込めば、その頬はうっすらと朱に染まっていた。
かわいい。かわいすぎる。こんなにしあわせで許されるのだろうか。
気づけば厨房からは料理人の姿が消えていた。気を利かせてくれたらしい。
「花束と、カード、ありがとう。ケーキも全部食べる」
「わたしの国では男性から贈るものなんですけど、逆でもいいかな、と思ったんです」
「俺からも、贈らせてもらえるか?」
カードを見るまで、今日がその日だとすっかり忘れていた。
ずっと、自分には関係のない記念日だと思っていたから。
けれど今は、ミンメイがいる。誰よりも愛おしく、誰よりも大切にしたい唯一の人が。
彼女を喜ばせたい、とハルウは強く思う。
城を埋め尽くすような花でも、一生分のチョコレートでも、なんでも贈ってやりたい。
「楽しみです」
ハルウの腕の中で、ミンメイはしあわせそうな笑みを浮かべた。
きっと、自分も同じような顔をしているのだろう。
幸福で頭から爪の先まで満たされていくような感覚。もったいなくて息すら満足につけない。
すべては、ミンメイのおかげだ。
ミンメイがいるから、ハルウはしあわせを感じることができる。
ここにいてもいいのだと、思うことができる。
「……ハルウさま?」
じっと見つめていたハルウに、不思議そうにミンメイは首をかしげる。
身からあふれるほどの想いは言葉にはならず、ハルウはただ静かにミンメイに顔を近づけていった。
セント・バレンタイン。
愛しい人へ、甘い口づけを。